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番外編アツメターノ⑨ 空って飛べるの?~圭と魔法の絨毯~

「ねえねえ、アレクって魔法で空って飛べるの?」 「突然何だ。もちろん飛べるが」 「まじ!? すっげぇぇぇぇ!」  アレクの返答に圭の目が輝いた。クルクルとパスタを巻いていた圭の手が止まる。 「良いな~! アレク、ほぼドラえもんじゃん」 「ドラエモン?」 「俺の世界の……伝説上の生き物……?」  改めてドラえもんの説明をするとなると返答に詰まる。事細かに説明したところで漫画の中のキャラクターだ。それに子供の頃にアニメを見ていた程度で、そこまでものすごく詳しいという訳でもない。 「あ~、やぁっぱ、魔法使えるって超便利だよな~」  これ以上ドラえもんについての説明を避けるため、元の話題に戻す。フォークに巻き付けたパスタを口に運びながらウンウンと何度も一人頷いた。 「魔法は確かに便利だが、空なんぞ飛ぶ必要などないだろう。転移で移動した方が早い」 「いや、まあそうなんだけどさぁ、やっぱ空を飛ぶって夢があるじゃん?」  幼い頃から何度空を飛べたら良いと思ったことか。今でこそ「空飛ぶ車」も世界中で開発されるようになり、近い将来、実用化されるのではと期待されるが、それでも圭たちのような一般市民が乗れるのはまだまだ遠い未来の話だろう。 「空飛べたらさぁ、いろんな所を上から見れたりするじゃん? そんなの、絶対楽しいに決まってるし」 「……そんなの、考えたこともなかったな」  アレクが少し驚いたような顔をした。皇族としての勉強や研鑽などにばかり時間を費やしていたアレクにとっては、そんなことを考える暇すらなかったのだろう。なんだか勿体ない気がする。 「ねぇねぇ、空飛ぶ時はどんな風に飛べるの?」 「そのままだな。体を浮かせて、行きたい方向へ向かうだけだ」 「へー。箒とか魔法の絨毯とか使わないんだ」 「どうしてそこで箒が出てくる」 「え……」  言われてハタと考え込んだ。  確かに、空を飛ぶ時に箒である必要性などあるのだろうか。フォークを動かす手が止まる。  幼い頃から物語などを通して魔女=箒という暗黙の了解があった気がする。どうしてかなんて考えたことすらない。  しかし、聞かれて確かに不思議になった。 「何でだろ? 俺の世界で飛ぶっていうと、大体が箒使ってる。あと、一部の界隈で絨毯」  絨毯を使用している作品なんてアラジンしか思い浮かばないが。 「箒で空を飛ぶなど滑稽だが、絨毯はアリだな。複数人乗れるし、物も運べる。もっと効率的で安全に飛行できる物もありそうな気はするが」 「そ、そうそう! 絨毯良いだろ!?」  ウンウンと大きく頷きながら肯定する。これ以上、箒についてツッコまれても回答など持ち合わせていない。アレクが興味を持ったのであれば、それに乗っかる方が会話はスムーズだ。 「それでは明日、絨毯で空を飛んでみるか?」 「良いの!?」 「ああ。今は急ぎの案件もない。少しは休みを取った方が従者たちも喜ぶだろう」 「やったー!!!!」  その場で小躍りしそうになるほど喜んだ。ウキウキと体が動く。モリモリとサラダを食べる圭の姿を見ながらアレクも鷹揚に笑んで夕食を食べ進めていた。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆  翌日、城内にある倉庫のような場所へと連れて行ってもらった。普段は使われていない備品などがひしめき合っている。奥にいくつもの絨毯が丸めて立てられていた。 「どれが良いんだ?」 「え~っと……」  どれがと聞かれても良し悪しなど分からない。別にそんなにアラジンマニアという訳でもないし、地上波で映画が放送されていた時に家族で見たくらいのものだ。それだって何年も前のことだし、そんなに覚えていない。 「上手く動きそうなやつ」 「そんな曖昧な答えがあるか」 「えぇ~……」  呆れたように言われて困ってしまう。しかし、そんなことを言われても確かにアレクも分からないだろう。  何枚もの絨毯の柄を見ながら途方に暮れていた。正直どれだって良い。飛んでくれるのであれば。  どの絨毯も高級そうに見える。今は使われていないとはいえ、城の備蓄品なのだ。きっと国の内外から取り寄せた素晴らしい銘品なのだろう。  とはいえ、圭だって絨毯について知識がある訳でもない。適当にいくつか表面を触っていく。 「ん~……じゃあ、これ」  悩んだ末に20枚目に触った絨毯を指さした。心底どれでも良かった。しいて言うならば、選んだ絨毯は一番生地が厚くてしっかりしていた。  アレクは後ろについてきていた従者たちに指示して圭の選んだ絨毯を倉庫から運び出した。城の回廊まで運ばせ、その場に広げる。落ち着いた赤色にどこかの伝統的とも見える絵柄が織り込まれていた。 「うん、良い。すげーそれっぽい」  ウンウンと一人何度も首肯する。言ってみたものの、何が「それっぽい」のかは圭にも分からない。しかし、何となく飛びそうな気がした。 「じゃあ、早速行こうよ!」 「それじゃあ、絨毯に乗れ」  アレクの言葉にウキウキしながら絨毯の中央に胡坐(あぐら)をかいた。アレクも圭の隣に座り、絨毯へと手を添える。  フワリと絨毯が浮き上がった。 「わわわっ」  隣にいるアレクへと飛びついた。よく考えれば、柵も何もない絨毯が空を飛ぶなんて怖い。安全性など度外視されている。 「どうした、人目があるというのに今日は随分と積極的だな」 「しょ、しょーがねーじゃんかよー」  何かに掴まっていないと落ちそうだ。ここに掴まれるものなどアレクしかいない。必然的にアレクに抱き着く格好になる。 「よし、それじゃあ、行くぞ」 「う、うわわわぁぁぁぁぁぁ!!!!」  ギュンと一気に絨毯が高度を上げた。想像以上に怖い。アレクを掴む手に力を込めた。  下からは焦りながらアレクの名を呼ぶ従者たちの声が聞こえてくる。 「え……まさか、アレク……」 「言う訳ないだろう。こんな面白そうなこと。絶対止められるからな。よし、逃げるぞ」 「うぎゃ~~~~~~~~~~!!!!」  圭の絶叫が響き渡る。風をきりながら絨毯は城下町の上空をぶっ飛んで行く。車で窓を開けて顔を出した時のような速さだ。振り落とされないよう、アレクにしがみつくのに必死で周囲を見る余裕など微塵もない。  始めの頃はギュッと目を瞑ってガクガク震えているばかりだったが、絨毯が速度を落としたのを感じてようやく薄っすらと目を開いた。 「おぉ~」  目の前には遠くにそびえ立つ山々が連なっている。おそるおそる絨毯の端の方まで来てみれば、眼下には森が広がっていた。城から見えていた青々とした木々の姿に、恐ればかりだった圭の心に興奮が満ちてくる。  背後を振り返った。城が小さく見える。随分と飛んできたようだ。ずっと目を瞑っていたため気付かなかったが。  絨毯はそれまでとは速度を変え、ゆっくりと山の方へと浮遊していた。周囲の景色を見られる余裕が出てくる。そうすると、恐怖で目を瞑ってしまっていたのが勿体なくすら思えてきた。  こんな体験、もう二度とできないだろう。絨毯で空を飛ぶなんて。 「すっげ~」  思わず声が出ていた。風が心地良い。自然と笑みが浮かんでくる。 「あ~あ、せっかくなら、何か食い物とか持ってくれば良かったな。そしたらピクニックできたのに」 「それなら、今度またするか?」 「絶対止められるだろ。今日、何も言わずに出てきたんだからさぁ」  ケラケラと軽快に笑いながら絨毯を触る。触り心地の良さにニンマリする。 「なあなあ、この絨毯、意思とか持てねーの?」 「さすがに物に命を宿すことはできん。圭の国ではそんな事が出来るのか?」 「いや、俺の国だってそんなんはできないけどさぁ」  物語では絨毯に意思があり、主人公に懐いているようだった。その記憶が鮮明なため、なんだか少し味気なくも見える。 「どっか行くアテってあんの?」 「ああ、ここだったら……、まあ、あそこか……」  アレクが遠くを見るように目をそばめた。その顔には愁いが帯びて見える。 「うわわわわっ!!」  絨毯がまた一気に加速した。振り落とされないよう、再度アレクにしがみつく。  やはり、高速で移動する絨毯の上で目を開けていることなど怖くてできない。圭は心の中でアラジンへの罵詈雑言(ばりぞうごん)を重ね連ねた。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆  アレクが連れて来てくれたのは、森の中にある湖だった。湖面の色はエメラルドグリーン。アレクの瞳を彷彿とさせる。鬱蒼とした木々に囲まれ、とても静かな場所だった。 「ここは?」 「名などない。もしかしたらあるのかもしれないが、知られてなどいない場所だ」  湖面の上で絨毯はフワフワと浮いている。絨毯の端まで這って行き、湖面に触れてみた。冷たくて気持ちが良い。 「……………母上と来た場所なんだ」 「お母さんと?」  アレクが身内の話をするのは2度目だ。アレクは圭の傍まで来ると、湖面を見下ろした。  揺蕩う水面は穏やかそのもの。しかし、アレクの胸中は如何(いか)ばかりかと測りかねる。 「俺の目と髪は母上譲りでな。同じ色の湖があると従者から聞いて、母上が連れて来てくれた。あの頃は随分遠いと思っていたが、こうして来てみるとあっという間だな」  アレクも湖面へと手を伸ばす。チャプリと音をさせて水面が揺れた。 「いつ頃……来たの?」 「5つの時だったか。もうあの頃には母上は随分と疲弊していてな。休み休み来たから、それなりに時間がかかったものだ。……よく考えれば、あの時くらいか。母上と一緒に遠出をできたのは」  懐かしそうにフッと目を細める。家族の話をする時のアレクは本当にツラそうだ。見ている圭の方が胸に痛みを帯びてくる。  ギュウと再び腕に抱き付いた。  強く、強く。 「ケイ、どうした」 「なんか、いっぱい〝ありがとう〟って言いたくなった」 「なぜだ?」 「だって、そんな思い出の場所に連れてきてくれたから」  きっと、ここはアレクにとって大切な場所だろう。誰にも汚すことなど許されない聖域。そこに連れて来てもらえたのだ。こんなに嬉しいことはない。  しがみついていない方のアレクの腕が圭へと伸びてきた。顎を掬われる。近づく美しい顔。何をされるか分かり瞳を閉じた。  温かい唇が重なる。チュッと触れ、すぐに離れて再びキス。挿入(はい)り込んでくるアレクの舌。積極的に絡めにゆく。  キスをすると、その刺激は下半身にも及ぶ。緩く勃ち上がり始めた股間の息子。気を紛らわすように太もも同士を擦り合わせる。  しばらく濃厚な口づけを堪能し、ようやく離れた頃にはボンヤリと頭が呆けたようになっていた。そんな圭を見ながらアレクが苦笑する。  体を倒され、共に絨毯の上へと仰向けで寝転がる。4畳半程ある絨毯はアレクが寝そべってもはみ出す心配はない。  穏やかな陽光が降り注いでいた。真っ青な空にプカプカ浮かぶ白い雲がのんびりとさせてくれる。 「お母さんと一緒に来た時は何したの?」 「何ということはないさ。まだ俺も幼かったからな。湖の周りではしゃぎ回ったりしていた。行くのは時間がかかったが、帰りのことも考えるとそんな長居はできなかったから、そこまでたくさん何かをしたという記憶はない。だが、穏やかでとても平和な時間だったことは覚えている。息の詰まるような後宮から抜け出して、ひと時ながらも平穏な時を過ごすことができた。……きっと、母上はあのような時間を過ごして生きていたかったのだろうな」  アレクの方へと顔だけを向ける。浮かない顔をしていた。  こんなに素敵な場所なのに。こんなに落ち込んだ顔をするのが見ていられなかった。  自然と体が動いていた。アレクに覆い被さり、キスをする。アレクは圭からの突然のキスに少しばかり驚いた顔をするも、すぐにいつもの不敵な顔に戻る。 「どうした。ケイに襲われるなんて珍しい。いつも俺からばかりだからな。今日はこの後、槍でも降るのか?」 「うっさい」  再び唇を重ねる。舌を絡ませ、情熱的な時を過ごす。アレクの顔の横についていた手に彼の指が絡んできた。恋人繋ぎになる。肘で体勢を支えながら指同士でも睦み合う。サワサワとアレクの指先が圭の手の甲を撫でる。少しくすぐったく感じて苦笑した。  あまりにも濃厚なキスをしたせいか、体の奥がムズムズとしてくる。もはや条件反射のようになってしまった体が恥ずかしい。  アレク以外誰もいないとはいえ、外だというのに。風の音と、わずかな虫の音。それ以外は静寂に包まれた自然の中。そんな場所で淫らに体を火照らせているなんて。  それでも、一度(たぎ)ってしまった体は理性の言うことなんて聞かない。疼く後孔の奥。早くも突かれたくて堪らない。  夢中になりすぎて互いの唾液でベトベトになった唇を離した。唇が少しヒリつく程キスをしていたというのに、全然物足りない。アレクの肌が恋しくて首筋に唇を寄せた。ハムハムと肌を唇で()みながら胴の方へと顔を滑らせていく。モタモタとアレクの服のボタンを外していると、苦笑しながらアレクが自分からボタンを外してくれた。  現れたしなやかな上半身。胸筋は弾力があり、滑らかで美しい。何度見ても惚れ惚れする。男なら一度は必ず憧れるだろう体躯だ。ボディビルダーのように筋肉ダルマではなく、細身ながらもつくべき筋肉はしっかりとついている。固く締まった筋肉は本当に羨ましい。アレクの長剣は1メートル近くある。その剣を悠々と振れる筋肉を持ち、着痩せして見えるために一見そこまで太くないように思えても、しっかりと胸から二の腕にかけても盛り上がっている。そして、板チョコのように割れた腹筋。もうこれは筋肉の鎧と言っても過言ではないだろう。  アレクの肌と密着すると、彼の体臭を感じてうっとりする。温かい肌。ぴったりとくっついているのが心地良い。  舌を出しながら頬をアレクの肌にピタリと付ける。そのまま胸筋へと向けて顔を動かしていく。  しっかりと浮いた鎖骨を通り過ぎて、辿り着いた先は薄い茶色の尖り。アレクに弄られ過ぎた圭とは違い、突起はささやかだ。自分の胸の淫らに主張する乳頭との対比は歴然である。アレクはそれが良いと言うのだが。  少し羨ましくなり、チロチロと先端を舐める。ピクリとアレクの体が反応する。嬉しくなって圭は口内へとアレクの乳首を含んだ。アレクにいつもされているようにチロチロと舌の先端で上下させる。少し硬くなった気がしてニンマリと()んだ。 「こんな場所で乳首硬くしてるなんて、アレクのエッチ」 「ほう?」  乳首から唇を離し、指先で(もてあそ)びながら視線を上げる。アレクの形の良い眉がピクリと動き、半眼で圭の方を見下ろしていた。  しまった、調子に乗りすぎたかと焦った時には後の祭り。絨毯が一気に上昇する。 「うわわわわわっ!」  突然動き出したことに驚き、アレクの上半身にしがみついた。  絨毯の動きが止まったのを察して恐る恐る目を開いた。先程まで湖面の30センチ上辺りで静止していた絨毯が、今は随分と上まで浮かんでいる。湖周辺の背の高い木々すらずっと下にあり、濃い緑色の絨毯が敷き詰められているようだった。 「ケイ、俺はこないだ心配になったことがあるんだが聞いてくれるか?」 「べ、別に良いけど、今ここで?」  アレクがとても良い笑顔で圭を見ながらゆっくりと頷いた。この顔だけ見ていればとても麗しく、誰もが見惚れる美しい笑みだろう。  しかし、圭は知っている。この状況下で、こういう顔をアレクがする時には(ろく)なことがないことを。伊達に何か月も一緒にいない。  圭のことを愛しく、(おもんぱか)ってくれる時に見せる(とろ)けた表情ではないのだから。 「世の中には〝マンネリ〟というものがあるらしい。同じことの繰り返しばかりでは飽きてしまって、更なる刺激を求めて浮気をしてしまう……なんてことがあるらしい。なんとも嘆かわしいことだろう?」  アレクが盛大に溜め息を吐き出した。眉間には深い皺が刻まれている。小さく左右に首を振り、残念がっていた。  ゾクゾクと悪寒に襲われる。圭の額に冷や汗が浮き、ツゥと一筋流れ落ちた。心臓が早鐘を打ち始める。  嫌な予感しかしない。これまでの数々の経験が物語っていた。 「いや~、それなら、俺たちにはまっっっっっっっっっったく関係ないことだな!! 俺とアレク、超ラブラブだしぃ? もう、満足オブ満足っていうかぁ?」  手でハートマークを作った。ウルウルと目を輝かせる。「男を落とす10の方法」と題した動画を見ながら姉と一緒に試してみた時の再現だ。  アレクはそんな圭を微笑(ほほえ)ましそうに見ていた。少し穏やかな雰囲気になったことでホッとする。 「だが、俺はいつでもケイを満足させていたいし、俺以外、眼中にも入れさせたくない。ケイは俺よりも若いから、好奇心も旺盛だろう? 俺はいつでも心配なんだ。ケイが俺よりも好きな男ができるんじゃないかってな。だから、俺はどんな時でもケイの一番であり続けられるよう、精進しなければならない」  アレクの言っていることは(はた)から聞けば惚気のようにしか聞こえないだろう。  しかし、今の圭にとっては真逆だ。滔々(とうとう)と連ねられる甘言染みた言葉たち。その全てがこの後に降りかかってくる行動への恐ろしい前置きでしかない。  じりじりとアレクから距離を取る。しかし、その分だけアレクも圭へと近づいてくる。圭の顔が強張っていく。目をまん丸に見開いたまま張り付けたように口角を上げた口元でアレクを見つめていた。 「うわっ!!」  いつの間にか絨毯の端まで来てしまっていたらしい。後ろについていた手が絨毯からずり落ちる。体のバランスが崩れ、落下するかと危惧した瞬間、アレクが圭の腕を取った。盛大に安堵する。 「あ、ありがとう、アレク……」  まだカタカタと体が小刻みに震えている。こんな高さから落ちれば生きてなんていられるはずもない。この世界に来る前に落下した屋上よりも何倍も高いのだ。  アレクの胸に体を寄せた。まだ心臓はドキドキと跳ねていた。ギュッと抱き締めてくれたアレクの逞しい腕にホッとしながら頬を胸筋へと摺り寄せた。 「だからな? ケイ」 「ふえ?」  落下の恐怖ですっかり忘れていたが、そう言えばアレクとの話はまだ終わっていなかった。  それよりも、こんな目に遭った原因はそもそもアレクであったと思い出す。 「俺はいつでもケイに新たな刺激と体験をさせて、マンネリなんてものとは無縁の生活を送っていきたい」  決意表明のように語るアレクは良い笑顔だ。一方、圭の方は顔面蒼白でブンブンと大きく首を横に振っている。  対照的な2人の温度差。しかし、置かれている状況で圭に優位となる要素など何一つなかった。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 「あっ……あっ……」  後ろから勢いよく突かれ、体が前に押されそうになる。それをその場で踏ん張るため、脚への負担はそれなりに大きかった。まだ挿入されて間もないというのに、ガクガクと震えている。 「よく締まる」  背後のアレクは嬉しそうに性器を注挿させていた。  縋ったり、せめて少しでも掴まったりできるものがあればまだ耐えられる。  しかし、上空で静止している絨毯の上にそんな物は一切ない。  そのため不安定な態勢で体が固まり、中のアレクを恐怖心から大いに締め付けていた。 「あっ、ぁあっ……んぁっ」  アレクは圭の腰を掴み、普段と変わらない挿入を繰り返していた。彼には恐れというものはないのだろうか。  圭を溺愛しているアレクが落下させるようなミスを犯すとは思わない。しかし、それでも万が一ということがないとも言い切れない。生死のかかっている状況に体は竦むばかりであった。 「んあっ! あっ、そこ、奥ぅ……」  結腸をトントンと何度も亀頭で突かれる。強張った体。まだその壁を抜かれていない。いつもよりも奥まで入ることができず、アレクの性器も不満を持っているようだ。段々と穿(うが)つ力が強くなってくる。 「ひぁっ!!」  アレクが圭の左脚を持ち上げた。大きく開かれる股関節。体の柔軟性に助けられて痛さや苦しさはない。しかし、更に体勢が不安定になって恐怖が増した。 「やらぁ、こわ、こわいっ!!」  ガクガクと体が震える。上体を倒し、絨毯へと手を突いた。まるで犬の小水のような格好だ。いくらアレク以外誰も見ていないとはいえ、ひどい体勢に全身が羞恥に染まる。 「ほら、ケイの欲しい場所はこんなところじゃないだろう?」  ドチュドチュと性器で穿たれ激しい水音が響く。何度も打たれた結腸は既に陥落寸前だ。多分いつもであったらこの時点で結腸は抜かれ、S状結腸の奥の壁までアレクの亀頭は到達しているだろう。それができていないのは、一重(ひとえ)にこの状況下が起因しているにすぎない。 「ああっ! ぁっ、ああっ!」  結腸の壁を責められるのも嫌いではない。甘美な刺激が全身に走る。股間の愚息は腹に付くまで()ち上がり、次々と溢れる先走りが絨毯へと染みを作っている。  普段ならばこんな高価そうな絨毯、汚せるものかと我慢しようと少しは頑張れる気もするが、今はそんなことに構っていられるほど余裕なんてない。  それでも、片足一本で立ち続けられる余力は圭に残されていなかった。圭の腰と左脚の腿を支えるアレクの手がなければ、すぐにでもその場にくずおれてしまいそうだった。 「ああっ、……あっ……ぁ……っ……」  両手も右脚もガクガクと震えている。ほぼアレクに依存して、かろうじて立っているにすぎない。その分、体の中央を穿たれている性器をいつも以上に締め付けていた。圭にとってはこの場所すらも今は自分を支える大事な支点の一つになっていた。 「ンぁっ、――っく……ぅ……おぐぅっ!!」  ついに結腸が貫かれる。結腸の奥まで剛直が挿入り込んだ。S状結腸の柔肉が亀頭の形に押される。強すぎる刺激に性器からは潮を噴き出した。 「あ……ん、う……っ……う、ああ、あ、―っ!」  アレクの注挿は止まらない。ズボズボと結腸を亀頭が出入りする。圭は頭をブンブンと横に振りながらやめてくれるよう態度で示すが、口から出るのは喘ぎ声ばかり。 「今日は一段と締め付けが強いな。こういう所でする方がケイは興奮するか?」 「ゃ、らぁ……こわ、いの……や、あっ! ん、ひぁっ!」  絨毯を強く握りしめる。脳内を()める恐怖心から少しでも逃れたかった。不安定な態勢が心配で、イくにイけない。  アレクが持ち上げていた左脚をやっと下ろしてくれた。ようやく両脚が絨毯につく。両脚でバランスを取れるというのがこんなに安心できるものだとは知らなかった。それに、手も絨毯を握っていて、安定感は比べ物にならない。四つん這いの格好で尻を高く上げている体勢であったとしても。 「ひぅんっ!」  パァンと派手な音がしてアレクの下腹が圭の尻を打つ。注挿が激しくなった証拠だ。その強烈なピストンは何度も繰り返される。敏感な直腸を巨大な性器が勢いのままに暴れ回るのはどれだけされても慣れるということはない。今度は尻が破壊されてしまう恐怖に襲われる。  アレクの責めから逃れたくて四つん這いのまま前進しようとすれば、当然のようにアレクの方へと引き戻される。そして、仕置きだとばかりに更に注挿の勢いが増す。負のスパイラルに陥っていた。 「ケイ、そんなに俺から逃れたいか?」  圭へと背後から覆い被さり、耳元で囁いて来るアレクの声が不服そうだった。  そういう訳ではない。ただ怖いだけなのだ。フルフルと何度も首を横に振る。 「ひぁッ!」  体の奥まで深く穿たれたまま、グルリと態勢が変わる。正常位で向かい合う形になった。  青空を背景に背負うアレクは薄っすらと汗をかいていた。濡れた前髪をかき上げる何気ない仕草すらも絵になる。どんなに見ても見飽きない。もはやズルいとさえ思う。こんなに格好良いのは反則だ。元々、異性愛者である圭をここまで虜にするくらいの美貌(びぼう)なんて。  そんな美しい人が伴侶だというのが式を終えた今でも信じられない。体の中に彼を受け入れているこの状況ですらも。 「そんなに逃れたいなら、そうしてみるか?」 「へ?」  アレクの言っている意味が理解できない。  分かるのは(ろく)な提案でないということのみ。  アレクが圭の腰を持って立ち上がった。 「わわわっ!」  重力には逆らえず、圭の上半身が下へとぶら下がった。遠くに見える山々の景色が逆さまに見える。頭に血が上りそうだ。今や挿入されている下腹とアレクの腕だけが頼りになっていた。  アレクは圭を股間にぶら下げたまま歩き出した。圭の上半身がゆらゆらと揺れる。  そして、絨毯の端にまで辿り着いた。そのままアレクはその場に胡坐をかいた。  圭の体は絨毯からはみ出していた。上半身を支えてくれる物がなくなり、ヒュッと喉が鳴る。 「ひっ! ああっ! ああーッ!」  そのままアレクは注挿を再開させた。圭の上半身はその動きに連動するように揺れている。 「やらぁっ! こわ、こわいっ!!」  咄嗟(とっさ)に脚をアレクの腰へと絡めた。  今、アレクが圭の腰を持つ手を離せば、支えてくれるのは挿入された性器だけになってしまう。そのリスクを少しでも避けるため、絡める脚に力を込める。 「そんなに情熱的に絡められたら上手く動けないぞ?」 「やだぁっ! これ、やだよ! アレク、アレクー!」  アレクへと向けて両腕を伸ばした。こんな状況に陥れている相手だと分かってはいるが、それでも頼れるのは彼だけだから。  アレクが苦笑しながら圭の腰を掴んでいた右手を離した。支えてくれる物が減って更に圭の顔面から血の気が引く。  しかし、すぐにその手が圭へと向けて伸ばされたため、腹筋に力を入れてその手を掴みに行く。  涙目で潤む視界はボンヤリとしている。それでもこの手だけは絶対に離さないという気概を持ち、手を掴んだ。  一気に上半身が引き寄せられる。強くその手を両手で握り締めた。 「こ……ごわがっだぁぁぁぁっ!!!!」  アレクの上半身に抱き付くと、一気に涙腺が決壊する。アレクは圭の体を抱き締めながら圭の後頭部を優しい手つきで撫でる。 「こういうのはお気に召さないか?」 「召す訳ねーだろ! 馬鹿アレクぅぅぅぅぅ!!」  ポカポカとアレクの背中を叩いた。そして、すぐにまたギュウゥと抱き締める。 「ははは、マンネリ防止というのは難しいな」 「ぞういうのはぁ、やんなぐで良いのぉ!!」  えぐえぐとえずいていると、アレクがゆっくりと下から性器を突き上げてくる。深々と奥まで挿入り込んでいるため突き幅は大きくない。だが、敏感な場所であるために、その僅かな刺激ですらも感じ入る。 「では、今度はケイが主導権を握るか?」  心底楽しそうにアレクが上半身を絨毯へと倒した。騎乗位で圭が動けということだろう。アレクに任せていると碌なことにならない。それなら、自分から腰を振った方が何倍もマシだ。 「んっ……うっ……」  アレクの腹に手を突き、ゆっくりと腰を上下させる。巨大なアレクの性器を自分から咥え込むのはなかなかに大変だ。太さは後孔に隙間を与えない程みっちりと埋まっている。その窮屈な場所で注挿させなければならないのだ。 「あっ……ん、は、あぁ……」  前立腺をカリが擦る。気持ち良くてそこばかりを重点的に狙ってしまう。  カリ嵩のアレクの性器で前立腺のしこりを引っ掛けるのは挿入の中でも1、2を争うほどの快感を与えてくれる。慣らされた体は初めてセックスをした時よりも快感の感じ方が増している。  それを圭に仕込んだのは目の前の美丈夫。 「ケイ、そこが気持ち良いのは分かるが、そんな浅い場所ばかりじゃあ俺はいつまでも満足できないぞ?」  グリグリとアレクが腰を使って前立腺を押してきた。しこりを押し込まれる刺激に背が反ってしまう。 「んあっ! やめ、ず、る……ひぅんっ!」  ズボリと奥まで挿入され、圭の性器から(わず)かに白濁が(ほとばし)った。軽くイってしまい、ヒクヒクと体を震わせる。 「ほら、こんなもんじゃないだろう?」 「ひゃっ! めぇ……」  アレクが下から腰を突き上げてくる。再び握られてしまった主導権。結腸の奥深くを穿たれ、気持ち良さに腰がくねってしまう。  アレクの手が圭の手を取った。自然と指が絡まり恋人繋ぎになる。キュッと指先に力を入れた。それに応えるようにアレクも力強く握ってくれる。  初めて城下町へとデートに出た時には加減が分からず痛かったのに、今はそんなヘマはしない。心地良い塩梅を学んでくれている。  強く、しかし、握り潰さないよう細心の注意を払って。  些細なことでもこういう違いを実感した時、嬉しくなる。圭のためを思ってしてくれるアレクの全てが愛おしい。 「んっ、んっ……」  脚に力を込めて腰を上下させる。騎乗位は圭が自発的に動かねばならないため、割と疲れる体位だ。逆に言えば、その他の体位はアレクが動くことが多いため、圭はされるがままであるが。  このままではすぐにまた吐精してしまいそうだ。中にいるアレクの性器の太さや硬さなどから、遅漏の彼はまだ射精に至る気配がない。圭だけが気持ち良くなってしまうパターンだ。頻繁にあることだが。  アレクの感じ入っている美しい顔を見ていると、それだけで胸がキュンと高鳴り、気持ち良くなってしまう。快感を少しでも逃そうと上を見た。どこまでも続く青い空。こんな淫らな行為に耽っているというのに、何も圭たちを咎めるものがない。世界に2人だけしかいないという錯覚に陥りそうになる。そう考えるだけで気持ち良くなってしまうのだから、もう思考は末期に入り始めているのではと笑ってしまう。随分とはしたない体になったものだ。 「こら、ケイ。また俺を置いてけぼりにする気か?」 「んんっ、んっ」  アレクが不満そうな声を出しながら下からグリグリと腰を回してくる。性器の当たる場所が変わり、新たな快感が生まれる。 「ちが……あえくの、こと……かんが、えてた……から」 「俺のこと?」  コクコクと何度も首肯した。ギュッと手を握る。アレクが上体を起こした。近くなった綺麗な顔にドキリとする。もう何か月も見ているのに、見慣れる気配がない。 「俺の何を考えていた?」  にぎにぎとアレクが絡めた指先で圭の手の甲を愛撫してくる。それだけでも悦楽が生まれてしまう。連動するように直腸を締め付けた。今度は圭を見下ろす格好になったアレクがニンマリと優美に笑む。 「おれ……あれくの……かお、見てるだけで……きもちよく……なっちゃう、から……」  口にしてしまったら気恥ずかしくなる。目の前にあるアレクの胸へと(もた)れ掛かった。温かい人肌に陶酔する。スリッと顔を擦り付けた。  傷一つない美しい体躯。アレクの心臓の上に顔を寄せる。ドクドクと力強い鼓動が胸筋越しに圭へと伝わってきた。彼が生きて、こうしていてくれることに感謝する。  共にあってくれること。それが何よりも尊く、嬉しい。  傷を治せるアレクたちにとって、致命傷にならない程度の怪我など痛みはあるが何でもないことなのだろう。  それでも、心に負った傷は治せないから。アレクが今後、何にも傷つかないようにしたい。  守ってあげたい。  守られるだけじゃ嫌だから。  どうしてもこの体を抱き締めたかった。名残惜しかったが、手を離す。彼の広い背中に腕を回し、抱き付いた。  離したくないと想いを込めて。 「今日のケイは本当に情熱的だな。そんなに外が好きか?」 「別に、そうじゃないって」  静止していた絨毯がゆっくりと動き出した。驚いてアレクを抱き締める腕に力を込める。 「え、な、何で!?」 「せっかくだし、景色を変えながらするというのもオツなものだろう?」 「全然オツでも何でもないって!!」  ギュッと抱き締めていると、アレクがその場で立ち上がった。自然と駅弁スタイルになる。 「ほら、たまにはこういう変わったまぐわいも良いだろう?」 「やらぁ! 怖いってばぁ! ……あっ、んぁっ!」  絨毯を移動させながら圭の奥を突いてくる。動いている絨毯の上で突き上げられるのが怖くて、直腸はキツく中の性器を食い締めた。そんな締め付けの中でもアレクは我が物顔で圭の中を穿ち続ける。 「ああっ! ぁっ、ああっ!」  恐怖と快感が混ざり合い、不思議な感覚だった。どちらも圭を追い詰めるという点では変わらないが。  結腸の奥を殴るように突かれる。そこを強く貫かれると訳が分からなくなってしまう。嫌々と顔を横に振りながら背を反らした。アレクとの間に少し空間ができたことでそれまで以上に動きやすくなったのか、アレクの注挿が激しさを増した。 「ああああッ! ん、ああっ!」  アレクの動きに合わせて揺れていた圭の脚がピンと伸びた。ガクガクと震える。口の端から唾液が零れ、顔は涙でグチャグチャだ。みっともなくて顔を隠したくても先ほどのように上半身がだらりとぶら下がった状態になるのが嫌で手を離せなかった。 「あえくぅ、はや、く……イって……よぉ……」 「まだだ。まだケイを全然抱き足りない」  それなら城でいくらでも抱けば良い。今日はとことん付き合おうじゃないか。  空飛ぶ絨毯での観光は楽しかったが、こんな風にセックスばかりするならもう終わりで良い。上空でのセックスは刺激が強すぎる。  というより、怖すぎる。 「ケイ、もう少しばかり、刺激的な体験をしてみるか?」 「えっ……?」  圭を穿つアレクの顔がニンマリと楽しそうに笑んだ。絶対にとんでもないことを考えている表情だ。ゾゾゾと今日(いち)の悪寒が走り抜けた。 「うわっ!」  絨毯が高度を増した。闇雲に動き出し、規則性がない。先が読めず。ただただ怖いだけだった。 「やだっ! アレク、変なの、やめてよぉ!」 「やめる? そうか、じゃあ、やめてみるか」  ピタリと絨毯の動きが止まった。そして、上空でピンと張っていた絨毯がくにゃりと曲がり、一気に落下する。 「わぁぁぁぁっ!!!!」  体の中の臓器が浮くような感覚。まるで遊園地にあるフリーフォールだ。あちらは安全バーで支えられているが。アレクに必死に抱き付いた。  どれくらいの高さを落下したのかなんて分からない。多分、数秒程度のことだったろうが、圭にとっては何とも長く感じた。鬱蒼と茂る木々の数メートル上で絨毯は再びピタリと静止した。 「さすがに、この締め付けは堪らないな」  ドクドクと圭の中でアレクが白濁を吐き出した。  一方の圭はと言えば、ガクガクと全身を痙攣させながら白目を剥いている。口からは泡を吹き、気絶していた。苦笑しながら圭を抱きしめるアレクは満足気だ。 「……さすがに、起きたら怒られるか。さて、どうしたものか」  絨毯の上に腰を下ろし、圭の顔中にキスの雨を降らす。絨毯はゆっくりと城へと向けて動き始めた。  その後、目を覚ました圭からしばらくの間口を聞いてもらえず、アレクは圭へと謝り倒す羽目になったが、その光景を見た者は誰一人としていない。

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