54 / 90
番外編アツメターノ⑩ イルミネーションを作ろう
夕食後、圭が窓辺で外を眺めていると、それを見たアレクが近づいてきた。
「どうした。何か気になるものでもあったか?」
「ん~、あるっていうよりも……ないの方が正しいかも」
「ない?」
窓にへばりつく圭にアレクが更に訝しんだ。
「ねえアレク、この世界には『イルミネーション』ってないの?」
「イルミネーション?」
圭はアレクを振り返ってコクリと頷いた。
「俺の国……っていうよりも、俺の世界って言った方が正しいか。日本だけじゃないし。俺の世界には、木とかに電球……えっと、魔道具で光らせる明かりみたいなのをいっぱい付けて光らせんの!」
「何のために?」
「え、何のって……」
答えに詰まり悩んでしまう。今まで冬になればイルミネーションは当たり前のように点灯していた。なぜなんて考えたことすらなかった。
「えーっと……、多分? なんだけど、俺の国って〝四季〟っていうのがあって、定期的に暑くなったり寒くなったりすんだよね。で、『夏』って言って超暑い時は夜の方が日中よりも涼しいからみんな夜に外に出るんだけど、『冬』っていう寒い時は夜が日中よりももっと寒くなっちゃうからみんな外出なくなっちゃうから、みんなに夜もっと外出てもらうため……じゃないかなぁ?」
無い頭を捻りに捻って考え出した仮説であったが、あながち間違っている気がしない。理屈としてはきちんと通っていると思う。そうすれば、冬にだけイルミネーションがある理由付けも何となくできる。もちろん、夏にイルミネーションを灯せばもっと暑苦しくなるというのもあるかとは思われるが。
「なぜ夜に外へ出かけさせたがるんだ?」
「え??」
至極不思議そうに問いかけてくるアレクに対し、更に困り果てた。ある程度は説明できた気がしていたが、まさかそっちに今度は食いつくとは思わなかった。
「えー? そんなの俺も分かんないよ。グーグル先生に聞いてよ」
「グーグル先生とは誰だ?」
「何でも知ってる神みたいなやつ!」
「そんな奴がいるのか。ケイの世界にはとんでもない者が存在するんだな」
大仰に驚いているが、もう説明する気にもなれなかった。今度はグーグルが何かと聞かれたところで、どんどん深みに嵌まってしまう気しかしない。外を見ていて、ただ単にイルミネーションがこの世界にはないと思っただけなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「で、イルミネーションってこの国にはないの?」
「夜に木に付けて光らせる明かりだったらないな。そもそも必要性がない」
言われてしまえば無碍 もない。しかし、その通りだ。全くと言って良いほど生産性があるものではない。
「でも、イルミネーション見るとワクワクするし、楽しい気分になるぜ?」
「なるほど、そういう物なのか」
アレクが驚きながらも納得した表情を見せる。多分この様子では花火などもないのだろう。そういった娯楽があるような気がしない。言えば高確率で今度は花火の説明をさせられるだろう。そして、また困惑するであろう未来が易々と予想できる。言わぬが花だと口を噤 んだ。
「イルミネーションはさぁ、恋人のデートスポットの定番なんだよ」
城下にぽつぽつとある民家の明かりを見ながら思いに耽 る。高校生になったらきっと彼女が出来て、一緒にデートに行ってイルミネーションを見る想像をしたことなど何度したことか。寒い中で手を繋ぎ、ロマンティックなムードになったらキスをする。そんな冬の定番デートに思いを馳せていると、アレクが圭の肩を掴んだ。
「い、いででででで! な、何だよアレク」
「いや、何だか今、とてつもない悪寒に襲われてな」
ギリギリと掴んでくる手の力は強さを増すばかりであった。あまりの痛さに涙目になる。
「アレク、ギブ! ギブ!! 俺の肩、壊れる!!」
「……ああ、すまない。悪かった」
どうやら本当に悪気があってした訳ではなさそうだ。ハッと我に返ったアレクが圭の肩から手を離す。
しかし、圭としてもアレク以外の人とデートする妄想をしたことは事実だ。少し罰が悪い。
「あ、そうだ! ないなら作れば良いじゃん!」
「イルミネーションをか?」
「うん!!」
名案だとばかりに指を打ち鳴らした。アレクも少し考えた後、明日、ユルゲンに見積もりと適当な場所のリストアップを依頼することを約束してくれた。
一緒に見るのは可愛い彼女ではないが、アレクと一緒に見られるのも楽しそうだ。どんなイルミネーションができるのかワクワクしながらその晩は眠りについた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
翌日の午後、浮かない顔をしたユルゲンが部屋へと入ってきた。手には書類の束を抱えている。
「ケイ様、昨夜、陛下に何かお願いごとなどされましたか?」
「お願いごと? ……ああ、イルミネーションのこと?」
「まさにそれです」
圭の勉強机の上に書類の束が置かれる。一番上に乗っていたのは見積書だ。その額を見て目玉が飛び出るかと思った。とんでもない金額が書かれている。
「え、何これ」
「イルミネーションとやらの費用です」
「どえええええ!?!?!?!?!?」
「そもそも魔道具というのは非常に高価で、庶民ではそう簡単に手を出せる代物 ではございません。ケイ様は城の中にいらっしゃいますので見慣れているでしょうが、一般市民には縁のないものです。それを何本もの木に取り付けて光らせるなど、正気の沙汰ではありません。しかし、陛下はケイ様には非常に甘いので、早急に予算立てて実行しろとおっしゃいました。実現できないものではございませんが、さすがに無駄遣いだと反発はありましょう。それでも本当にそのイルミネーションとやらを見たいのですか?」
ブンブンと大きく首を横に振った。まさか、そんな大層な物だと思ってなかったのだ。圭の住んでいた立川でも駅前にイルミネーションはある。新宿や渋谷に行けばもっと豪華なイルミネーションもあるし、冬の風物詩程度の認識であった。
しかし、言われてみれば確かにそうだ。
「全っ然! そんな無理してまで見たい物じゃないよ!」
「では、陛下が戻られましたらその旨をご自身の口からお伝えください」
コクコクと何度も大きく頷いた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「……ってなことがあったんだよ」
『ふむ、なるほどな』
茶を飲みながら大きな溜め息を吐いた。
今日もマリアとの茶飲み話に花が咲く。今の圭にとって最も気安く話せる人物だ。
『ふふっ、イルミネーションとやらはケイにとっては馴染み深くても、アレクたちの世界では難しいものかもしれないね』
「それな~! やっぱ、な~んか俺の世界と比べちゃうんだよな。あくまで無意識なんだけどさ~」
塩キャラメルドーナツにかぶりついた。中に入ったクリームチーズがドーナツにデコレーションされたキャラメルソースと塩と交わり、塩気と甘みが絶妙なバランスを生み出している。甘じょっぱさが癖になりそうだ。紅茶も進む。
『イルミネーションを実現できなくとも、別の方法で楽しむことはできるんじゃないかい?』
「別って?」
マリアがコソコソ話で圭に耳打ちした。他に誰もいないが、ちょっとした内緒話のようで楽しくなる。
「あ、なるほどね! それはそれで楽しそう! アウトドアキャンプみたい!」
『そうだろう?』
綺麗に笑んだマリアに満面の笑みを向ける。それなら実現可能性は一気に高まる。
「えーっと、そしたら何用意したら良いかな?」
マリアと話しながらどんどん胸が昂ってくる。楽しみを見つけるのは嬉しい。
それを一人で決めるのではなく、誰かと一緒に見つけられるというのが今の圭にとっては大切な時間だった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「アレク、お帰り~」
執務を終えたアレクは部屋に入った瞬間、目を大きく見開いていた。驚いてくれている姿を見て悦に入る。ついつい笑みを浮かべてしまう。
部屋には至る所にランプが置かれていた。その明かりだけで部屋の中を照らしている。アレクに「日が落ちてから戻って来て」と朝お願いした通り、彼は外が暗くなってから執務を終了させてくれた。
「どうしたんだ? こんなにたくさん並べて」
「イルミネーションも良いけど、こういうのも面白いかな~って」
日中、城の中にあるランプを集めてくれとユルゲンに頼んだら、尋常でない数のランプを用意された。その中からいくつか雰囲気の良い物を選んで部屋の中に配置した。間接照明のようになり、暗い部屋を暖色系の明かりが包み込む。これはこれでなかなか乙なものだった。
アレクを窓辺のソファへと案内する。部屋の中が普段よりも暗い分、夜空の星がよく見えた。満天の星空をゆったりと見られる極上のスペースが完成した。
ミルクをたっぷり入れた温かい紅茶を二人分淹れ、共に夜空を眺める。イルミネーションも綺麗だが、これも穏やかな時間が流れて良い。いつもよりも紅茶が美味しく感じた。
「何だかいつもと違う雰囲気があって良いものだな。同じ部屋だというのに」
「だろ~? よく考えたらイルミネーションって外だし、こうやってゆっくりできねーじゃん。だったら、こんな風に過ごすのも良いんじゃねーかなって」
マリアのアイディアだとは隠しておく。それは二人だけの秘密だから。
「ケイと一緒にこうやって過ごせるから良いんだがな」
「なんだ、タラシか~?」
「そんなつもりはない」
ニヤニヤしながら言えば、アレクはフッと穏やかに笑った。そんな言葉も自然と出てくるこの人はちょっとズルい。何を言ったりやったりしても、イケメンは全て様になってしまう。
「あ、そだ! 今度はアウトドアキャンプしようよ」
「アウトドアキャンプ?」
「山の中でテント張って、飯作って食ったり、焚火したりして過ごすやつ! あと~、ハンモックとかも良いし、川で釣りも楽しそう! ここよりももっと星空綺麗なところで寝そべって星見て、色々語り合って、テントで寝んの。やっべ~、ぜってー楽しい!!」
母が虫を嫌がるためにキャンプをしたことがなかった。動画を見たり友人たちの話を聞いたりする度、楽しそうで羨ましかった。
「そうだな。そんな過ごし方も楽しそうだ」
「だっろ~? じゃあ、約束! いつかぜってー一緒にキャンプしようぜ!」
アレクへと小指を差し出した。指切りげんまん。以前教えた通りアレクも小指を絡めてくれる。穏やかに、楽しそうな笑みを浮かべて。
「また楽しみが一つ増えた」
「う~ん、やることいっぱいだな」
元の世界とはやり方が違うかもしれない。だが、それがまた良い。同じである必要などないのだから。
楽しみは自分で作る。一緒なら、もっと楽しくなる。
そういう日々をアレクとずっと続けていきたい。これから先も。ずっと二人で。
ともだちにシェアしよう!

