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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第1章:出発編 第5話
目覚めた時、部屋の中は窓から差し込むオレンジ色の光で満ちていた。共にベッドで横になっているアレクの顔も夕日の色に染まっていた。
「起きたか?」
一つ小さく頷いた。フッと笑ったアレクが圭の頬を撫でる。まだ眠たくてあくびをしていると、アレクに上半身を抱き起された。
「……俺、いっぱい寝てた?」
「2時間くらいだろ。大して寝ていない」
いつの間にか真新しい部屋着へと身を包んでいた。柔らかい肌触りが心地良い。
大いに乱れていたベッドも、乱雑に脱ぎ捨てたはずの衣類も見当たらない。またしても寝ている間に誰かが情事の跡を片付けてくれたのだと思うと恥ずかしくなる。
「もう、夕方なんだ」
意識を反らすように窓の方へと振り返った。ヒョイと立ち上がり、駆け寄る。
「うわぁっ!」
夕景へと変わっていた街を見下ろし、歓声を上げた。馬車で上ってきた領主の城は転移で降り立った場所よりも更に高台にあるらしく、ルレヴェックの街を一望できた。
ちょうど水平線の上付近に太陽があり、その光で街全体が輝いて見える。港に停泊しているたくさんの船たちも、色とりどりの民家も。全てがオレンジ色に包まれている光景は圧巻だった。
「ここの夕景は絶景だろう」
「うん! すっごいなぁ」
いつの間にやら圭の隣に立っていたアレクがポンポンと圭の頭を叩きながら港を見下ろしていた。共に綺麗な風景を眺めることができて嬉しくなる。アレクの胸に頭を付けると、今度は後ろから抱きすくめられた。
海面に伸びる夕日の輝き。長く伸び、キラキラと揺れていた。
こんな絶景をまるで独り占めのように楽しめる贅沢に酔いしれる。見上げれば、大好きな人の顔。どちらも嬉しくて、ニコニコしてしまう。
それはアレクも同じであったようだ。至極リラックスした表情で笑んでいる。頬をムニムニと親指と人差し指で押され、それにすら笑ってしまう。
段々と水平線へと沈んで行ってしまう太陽が名残惜しい。この楽しかった一日が終わってしまうと告げているように感じてしまうから。
「シルヴァリアの海岸って、どこもこんな感じなの?」
「いや、ここはシルヴァリアの中でも貿易港として栄えている場所だから賑やかだが、もっと落ち着いた場所もある。もう少し南へ行けばリゾート地もあるぞ」
「へー! そっちはどんな感じなの?」
「限られた者しか立ち入れない海岸などもある。貴族がこぞって使う場所などは、ヴィラなどもあるし人気だ」
「ルレヴェックは泳いでる人とかいなかったけど、そっちは泳げるの?」
「ああ。だが、ケイは俺と一緒でなければ泳がせられないがな」
「一人でなんか行かないよ」
クスクス笑っていると、夕日はいつの間にやら水平線の彼方に沈んでしまった。紺色の空は次第に闇へと包まれていく。
「あーあ、沈んじゃった」
背後から圭を抱くアレクの腕の力が強まった。
「そんなに残念か?」
「うん。だって、城からはこんな風に水平線に夕日が沈むの見えないじゃん」
「じゃあ、帝都を海の見える場所に移すか?」
「そこまでじゃないって。たまに見るから良いんじゃん」
突拍子もないことを言い始めたアレクに苦笑してしまう。
しかし、圭が望めば実現してしまいそうだから少し怖くもなる。
「さて、そろそろ夕食の時間だ。昼とはまた違った趣の料理が並ぶから、ケイにも楽しみにしていてほしいと言っていたぞ」
昼の炉端焼きのような食事も良かったが、今度はどんな物が味わえるのだろうか。楽しみに腹が鳴る。
「城のとも違う?」
「そうだな。できる限り地場の食材を使ってほしいと伝えてあるから、ケイの食べたことのない料理がたくさんあるだろう」
「やったー!」
少し寂しくなっていた気持ちが浮上する。部屋着からまた別の服へと着替え、部屋を出た。
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「ふぃ~、めちゃくちゃ食ったぁ……」
お腹を擦りながらアレクと共に部屋へと続く廊下を歩いていた。
夕食は領主夫妻と共にルレヴェックの郷土料理などを堪能した。魚介を中心とした料理が次々と運ばれ、どれも鮮度の高さなどから帝都で食べる魚料理よりも美味しく感じた。
量も圭の分だけ他の3人よりも少なめに盛られていたことも助かった。同じ量で出されていたら食べきれなかった。きっと、アレクが事前に伝えておいてくれたのだろう。そういう配慮はありがたい。残すことに罪悪感を感じずに済むし、最後まで美味しく食べられた。
そして、領主から聞くルレヴェックの歴史や地理などの話も食事を楽しくしてくれる要因の一つとなった。ある程度はユルゲンとの座学で学んでいたが、やはり住んでいる人たちから聞く話は新鮮だ。机上の話よりもより具体的で話が弾んだ。
事前に勉強していた知識も役に立った。貿易や地理に関することはこの旅行の前にみっちりユルゲンから叩き込まれてきた。その分、会話の中でその知識を出すと「よく学んでいらっしゃいますね」と言われて嬉しくなる。アレクの方へと視線をやれば、彼も少し誇らしく見えた。伴侶を褒められ、アレクも鼻が高かったのかもしれない。少しだけでもアレクの伴侶として認められたような気がして、それも誇らしかった。
部屋に戻り、ベッドでゴロリと横になろうとしたが、アレクに窓辺へと手招きされて駆け寄った。
「わーっ!」
眼下に広がる夜景に目を瞠った。
港に並ぶ船によって照らされる明かりが煌々と煌いている。それに、川の形に沿うように点々と置かれている明かりも含め、美しい光が散りばめられていた。
帝都も貴族の数が多く栄えていることもあり、それなりに夜景は綺麗だが、その輝きとはまた違った風景だ。
「夜間に辿り着く船もあるから、港は他の街よりも灯りが多く使われているんだ。だから、帝都ほどとまではいかずとも、それなりに綺麗だろう?」
「うん、夜もすっごく綺麗」
開け放した窓辺は海からの潮風も入ってきて心地良い。そよそよと吹く微風に当たりながら目をそばめた。
アレクは傍にあった椅子を1脚窓辺まで持ってきた。そこに腰かけ、圭を膝の上へと座らせる。もはや定位置となっているこの場所も、出会った間もない頃には嫌々座っていたものの、今やここに座るのが圭にとっても当たり前となっている。腿の下に感じる筋肉の弾力が心地良いし、アレクの胸にポテリと上半身をもたれれば、温かく包んでくれる。その安心感は他の何にも代えがたい。
「もしかして、ルレヴェックに寄ったのって、これを俺に見せたかったから?」
「いろいろとあるが、これも一つだ。以前、ケイが言っていただろう。『一緒にいろんな物を見て、共有したい』と」
「……覚えててくれたんだ」
「当然だろう? ケイの言ったことは、全てが俺にとって大切なことだ」
胸がキュウと締め付けられるようだった。温かく、心地の良いもので。
「以前、ルレヴェックに泊まった時、この部屋から見た夕景も夜景もどちらも美しかった。だが、特段それ以上には思わなかったんだが……確かに、共に見る相手がいて、その相手と一緒に共感できるというのは……良いものだな。あの時よりも美しく輝いて見える」
リラックスした表情でフッと笑いながら遠くを眺めているアレクに、圭も思わず笑みがほころんでいた。
以前、ここを訪れた時のアレクは昔よく見た無表情でこの光景を見下ろしていたのだろう。そう考えると、こうして連れて来てくれて、共有してくれるのが嬉しくて堪らない。
「ケイに、もっとシルヴァリアを好きになってもらいたい。いろんなシルヴァリアの良い場所や物を見て、大切に思ってもらいたい」
圭の頭にアレクが顔を埋めた。ギュッと抱き締められる。二人きりの時にしか見せないが、本当にアレクは甘えてくるようになった。庇護されるだけでなく、自分もアレクを癒せていると思うと、それも圭にとって居心地が良かった。
「俺、シルヴァリア好きだよ?」
「……もっとだ。ケイの生まれた国よりも、もっともっと。何よりも好きになってほしい」
グリグリと鼻先を擦り付けられ、苦笑する。
もう、十分すぎるくらい圭にとってもシルヴァリアは大切な場所になっているというのに。
共に生きて行くと決めたあの瞬間から、シルヴァリアだけが圭の終の棲家になった。もちろん、元の世界に戻れないのは寂しいし、恋しくなることもあるが、それでもやはり最後にはシルヴァリアが良い。
ここには、アレクがいるのだから。
言葉よりも雄弁なものを知っている。だから、自然と体が動いていた。
アレクの両頬へと手を添える。背筋を伸ばし、唇に口づけた。アレクが少しばかり目を瞠る。そして表情を和らげ、今度はアレクからのキスが訪れた。
舌を絡め合うキス。もはや、アレクの体は自分の一部であるかのように傍にあるのが当たり前になっている。近くにないと落ち着かない。ゼロ距離で密着しているのが互いにとっての普通。そうとしか考えられない。
キスをしながら体をアレクへと擦り付ける。動いて刺激される胸のピアスも、勃ち上がりかけている下腹の性器も全てが気持ち良い。高ぶる体。心の充足と共に、体も満たされたくなる。昼間もまぐわったというのに。
長いキスから解かれると、圭の頬は紅潮していた。ぬらぬらと濡れる唇。どちらの唇も同じように濡れ光っている。
ギュッとアレクに抱き付いた。彼特有の爽やかな香りが落ち着かせてくれる。アレクの服に顔を埋め、大きく深呼吸した。肺の中までアレクで満たされる気がしてうっとりする。
「ずっと……ケイとこうしていたいものだ」
「うん、俺も」
目を閉じ、アレクの胸の中にいると、段々とうつらうつらしてきてしまった。満腹になった腹の満たされ具合と、早起き、それに日中はしゃぎ回った疲労が一気に出てきたようだ。
「寝てしまうのか?」
「ん~……起きてたい……けどぉ……瞼がぁ……重いぃ……」
アレクの人肌が心地良い温かさなのも要因だと思う。安心できる場所にいるから、無防備になってしまう。もしも今、何かあったとしても、大丈夫だと確信があるから。
アレクは絶対に圭を危険に晒すようなことはしない。そう分かっているから身を預けられる。
「夜、また相手をしてもらえると思っていたのだが」
「ごめ……ん……」
「いい。ケイがこうして手の中にあるだけで幸せだからな」
ポンポンと優しく背中を叩かれ、更に眠りの中へと堕ちていく。ピタリと重なり合った下腹で高ぶっているアレクの性器の感触を感じながらも、抗うことはできなかった。
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