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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第2章:クルーズ編 第6話
再び目覚めた時、圭の背中には毛布が掛けられていた。目の前にはアレクの胸板がある。顔を上げると、穏やかにほほ笑む美丈夫の顔があった。
「おはよう」
「俺、また寝ちった?」
「いつもはずっと城の中だからな。普段よりもたくさん動いているから眠くなるんだろう」
肩からずり落ちた毛布をアレクが拾い、圭の肩へと掛けてくれた。窓の外から注ぎ込む日差しはもうオレンジ色に染まっていた。
「ごめん、今日、ずっと俺のせいで何もできなかった」
「ケイのお陰で今日はずっとケイを抱き締めていられた。こんなに良い日はそうそうないだろう」
前髪をかき上げられ、額を指で擦られる。くすぐったさに目をそばめた。
「今夜は船内のホールでダンスパーティが開かれるが、ケイが行きたかったら行くか?」
フルフルと首を横に振った。到底そんな気分にはなれなかった。自分のせいで船を停めてしまい、大勢に迷惑をかけたというのに、どんな顔して行くというのか。多分、気が滅入っている圭を慮って提案してくれたであろうことは分かっている。そんな気遣いをさせてしまっていることにもしょげてしまう。
「じゃあ、今晩の夕食はどこにする?」
「……部屋で食べる」
あれだけの騒動を起こしたのだ。のんきに船内をウロウロする気にもなれない。アレクは鷹揚に頷いた後、全て圭の思うままにしてくれた。
「少しだけ外に出ようか」
圭を抱きかかえ、アレクは部屋に備え付けのデッキへと足を運んだ。昨日魔法で出してもらったハンモックに腰を下ろす。ユラユラとした揺れが心地良い。
「ケイのお陰で『ありがとう』という言葉を使うようになったんだ」
「え……?」
確かに、普段から感謝の気持ちはできる限り言葉にするようにしているし、アレクからも言われることはある。あまりにも当たり前すぎて、気にしたことすらなかった。
「ケイに会う前は、ほとんど口にしたことなどなかった。俺に周りが尽くすのは当然のことだと思っていたからな。でも、ケイは違うだろう? 国内で俺の次に高い地位にいても、ケイはいつでも周りに感謝の言葉を述べている。その言葉を聞いた者が、朗らかな顔になるのを見ているのが好きだった。だから、俺もたまにではあるが、少し周囲に礼の言葉を言うようになったんだ」
知らなかった。アレクにそんな変化があったなんて。アレクは圭にはきちんと礼を言うし、当然、周囲にも言っていると思っていたのだ。
だからだろうか、少し周囲の使用人たちの空気が和らいだように感じていたのは。
「ケイがいると、俺はいろいろと変われる気がする。だから、ケイにはずっとそばにいてもらわなきゃ困るんだ」
キュッと抱きすくめられた。
アレクに求められるのは嬉しい。ここにいても良いのだと世界から許されている気になれる。
それどころか、いなきゃいけないとまで言ってもらえて心が震えた。
ギュッと圭の方からも強く抱き締める。
「俺、いっぱい失敗ばっかしちゃうし、迷惑ばっかかけちゃうけど、いっぱい、いっぱい頑張るから! アレクの隣にいて、お似合いだねってみんなに思ってもらえるようになるから!」
「ケイはそのままで良いんだ。そのままのケイが、俺は好きなんだから」
圭の髪にアレクの顔が埋められる。スリスリとアレクが顔を蠢かせているのが分かり、目をそばめた。先ほど風呂に入ったから臭いということは多分ないと思う。そこは心配していない。
圭も顔を突っ伏しているアレクの服の匂いを嗅いだ。落ち着く爽やかな香りに包まれる。
また、この香りを嗅げて良かった。冷たい海は暗くて怖かったから。アレクの抱擁に心の底から安堵する。
「さて、そろそろ夕食の支度をしてもらうとするか」
体を離した時にはすっかり辺りが暗くなっていた。眠っていた訳ではないのに、あまりにも時間が経っていて驚いてしまう。
「明日はいよいよヘルボルナ大陸に到着だ。朝から忙しくなるから、しっかり体力をつけておこう」
抱っこされたまま部屋の中へと戻る。歩くと言ったのだが、アレクが許してくれなかった。
もしかしたら、アレク自身も圭がいなくなったことで大いに不安になっていたのかもしれない。
さすがに夕飯まで膝の上は嫌だと断り、渋々ながらも向かい合う席で食事を摂らせてもらうことができた。昨夜とはまた違うメニューのコース料理が運ばれてくる。今日初めてのまともな食事だ。料理を前にすると、クゥと腹の虫が小さく鳴った。眠りにつく前にも食べたというのに、なんとも意地汚い虫だ。
「ははっ、俺も腹が減ったな。ケイの腹と一緒だ」
楽しそうに口にするアレクに赤面する。また気を遣わせてしまった。
一緒に食べる夕食はやっぱり美味しかった。始めは全部食べられるか不安だったが、思っていた以上に体は疲弊していて、食べ物を欲していたようだ。圭へと出された料理をペロリと平らげ、残さず食べられたことにも褒められる。
アレクの甘やかしにはたまに大丈夫かと不安になることもあるが、いろいろなことがあった今日はその態度がありがたかった。
夕食を終え、今日が最後だという夜の海を部屋に備え付けのデッキから見つめていた。船は明かりが煌々と輝いていてどこも明るいが、海は真っ暗だ。星は出ているものの、船の周辺以外は全く見えない。
今になってゾッとした。仮にあの時、浮いて泳げたとしても、冷たい海水ですぐに体温が下がって動けなくなっていただろうし、動けたところでこんな広い海に一人きりで行くアテもなかったらどうしようもない。もちろん、それは動けた時の仮定の話で、海の底に落ちて行くばかりだったのだから、間もなく息絶えていただろうが。
「どうした? 何か怖いものでもあったか?」
デッキの手すりを握っていた圭の手の甲にマグカップが当てられる。ホカホカと湯気が立ち、触れた部分が温かかった。
首を横に振ってマグカップを受け取った。陶器を介して掌がじんわりと温もっていく。
「今日ばかりはいろいろとあったが、ケイは船の旅は嫌いになったか?」
もう一度首を横に振った。死にかけたとはいえ、別に海が嫌いになることはなかった。アレクが助けてくれたというのが大きいが。
「そうか。俺も、この旅を通していろんな経験ができてとても楽しい。ケイが嫌じゃないなら、今度は海で別の思い出を作りに行こうか」
「別の? 例えば?」
「そうだなぁ……ははっ、すまない。こういう時に、すぐ思いつくことすらできないんだ。経験がないからな。つまらない男だろう?」
フルフルと首を振る。
娯楽の娯の字もないアレクが、今回のためにいろいろと考えてくれたのだ。どれも圭にとって大切な思い出になっている。アレクにはそんなこと言ってほしくない。
「ケイの世界では、海ではどんな風に過ごしていたんだ?」
「海……俺の住んでたとこからはちょっと遠くて、あんまりいっぱい行ってないからよく分かんないけど……釣りとかしたり、普通に泳いだり……えっと、あとはビーチバレーとか? かな?」
「ビーチバレー?」
「うん。中に空気入れて浮きやすいボールを使って、砂浜で打ち合いとかするスポーツ」
「そうか。なら、次はそのビーチバレーというのをしてみるか」
「アレク背高いから、俺すぐ負けちゃうよ」
「じゃあ、ケイと一緒にチームを組んで、他の相手をコテンパンにやっつけよう」
「うんっ!」
アレクと一緒ならば絶対に有利だろう。アレクの身体能力を持ってすれば、アタックなども上手く決まりそうだ。想像するだけで楽しくなってくる。
圭も幼い頃から球技は苦手ではない。頭を使うよりも体を使うことが好きで、勉強よりも体育の方が得意だし、成績も悪くはなかった。
いかんせん身長が低くて不利になる競技もあるが、その分、すばしこさは誰にも負けない自信がある。足だってクラスの中では速い方だった。バスケットボールのように、身長が高い方が有利なスポーツでも、相手の隙をついてボールを奪い、ちょこまかと動き回ってその試合中で最高得点をあげたことだってある。
アレクが一緒の学校に通っていたらどんな風だっただろうと考え、一人でクスクスと笑った。この顔だから当然モテるだろうことは間違いない。一緒にいろんな思い出を作れたら最高だろう。
「あっ、あと、海岸で潮干狩りとかもするよ」
「潮干狩り?」
「うん! フォークよりももっと大きくて、手くらいの大きさの道具を使って、砂の中にいる貝採るやつ」
「……それは楽しいのか?」
「すっげー楽しかったよ!?」
アレクが怪訝な顔をしたため、全力で楽しさを力説した。
小学生の頃、祖父に連れられて兄や姉と共に千葉県へ潮干狩りに行ったことがあった。姉は日に焼けると嫌がっていたが、全員で潮干狩り対決になると、そんなことなど忘れたように夢中になって貝を探した。
結果、量としては圭が最も少なかったものの、一番大きな貝を見つけることができた。持ち帰った貝の量に母は驚いていたし、あまりにも多すぎたため、近所に配ったら後日、別の野菜などがおすそ分けされ、わらしべ長者になった気分だった。もちろん、安達家でも美味しくいただき、貝料理づくしにしばらく貝は見たくなくなったくらい食べ尽くした。
「ケイの話を聞いていると、何やら食べ物を自分たちで調達することが多いような気がするが」
「それが良いんじゃん! 収穫体験が楽しいんだって!」
鼻息荒く前のめりになって言い募る。苺狩りも楽しかったし、梨狩りも、さつまいも掘りも全部良い思い出だ。こう考えると、家族には様々な収穫体験に連れて行ってもらえた。自宅にたくさん持ち帰ろうと頑張れたし、その場でとれたてを食べられるのも美味しくて好きだった。
「……そっか、アレクにもそういう体験、させてあげれば良いのか」
「……俺がか?」
全力で何度も頷いた。やはりアレクは怪訝な表情をしたままだった。
「俺が採るよりも、普通に育てている者たちがとった方が効率的ではないか?」
「あー! そういう、効率とか考えるの、良くない! こういうのは~『食育』って言って、自分たちで育てたりすることで食べ物を育てる大変さとか、ありがたみっていうのを学ぶの!」
効率だけで考えれば、当然悪いに決まっている。その場所まで行く手間もかかるし、不慣れな者が収穫すれば、時間だってかかる。
しかし、アレクには是非ともとれたての美味さや収穫の楽しさなどを知ってほしい。そうすれば、食べることの楽しみが増すし、何より思い出に残る。
「そうだ! 帰ったら、城で家庭菜園しようよ!」
「家庭菜園?」
「そう! 自分たちで種植えて育てんの! いっぱい生るし、美味しいよ!」
安達家では猫の額ほどの庭で母がプランターを利用してミニトマトなどを栽培していた。あまりにも生りすぎるため、収穫期にはトマト料理だらけになっていたが、パスタやスープ、サラダなど、どれも美味しくて全く嫌にはならなかった。
「一緒に作ったら、絶対楽しいじゃん。料理はプロがいっぱいいるしー、何作ってもらえるかも楽しみじゃね?」
「なるほど、そういう楽しみ方もあるのか」
「わー! すっげー楽しみ~! あとでユルに相談しよう? 庭の一画とか借りられたりするかな? それとも、プランターかな?」
「ケイがやりたいなら、どこでも空けさせよう。それこそ、農場でも借り切るか?」
「いや、マジ、そこまでは無理」
スンッとした顔をすれば、アレクはまた楽しそうに笑っていた。
何気ない会話が楽しい。海風も気持ち良いし、今日も夜空は綺麗だ。
段々と心が軽くなっていく。アレクと話しているだけで心が弾む。
いつの間にか圭も笑顔になっていた。手の中のマグカップの中身も気付けば飲み干していた。あっという間に時が過ぎる。せっかくの船旅が明日終わってしまうのが勿体なく感じるくらいに。
船の中から漏れてくる音楽が聞こえてきた。
「これ、何の音?」
「ダンスパーティが始まったんだろう」
確かに、耳を澄ましてみると聞き慣れた音楽だと気付いた。あまり練習はできなかったが、何度かはダンスの特訓に臨んだ。その時に聞いた曲だから覚えていた。
「せっかくだから、踊ってみるか?」
「えっ……」
空になったマグカップをアレクにそっと持っていかれる。デッキの端に置かれたウッドチェアに置くと、圭へと向けて手を差し伸べてきた。
「僕と一曲、踊ってはいただけませんか?」
恭しく腰を曲げてお辞儀をされる。こういう時、物語のお姫様だったら迷わず手を取りダンスをするのだろうが、圭は手を出せずにいた。
「ケイ?」
手を伸ばしたままアレクが不思議そうに見つめてくる。
「俺、ダンス、全然下手なまんまだから」
何度かは挑んでみたものの、相手役のユルゲンの足を踏むこと数知れず。音痴だけでなく、リズム感のなさにも肩を落としたものだ。
「そんなことないだろう? 一昨日、ルレヴェックで見たケイは本当に楽しそうに踊っていた。あんな風にすれば良いんだ」
確かに、あの日は楽しかった。好きに体を動かして良かったし、何にも制限されることがなかった。ルールなんてなかったし、好き放題だったのだから。
「でも、ちゃんと踊れないとアレクが恥かくだけだろ?」
「ケイといて恥をかくなんて思ったこと一度もない。いつも楽しいし、最高の気分だ」
「あっ」
手を取られて引き寄せられる。ダンスの手の組み方をされ、不安になった。
アレクとは予定が合わず、全く合わせることができなかった。そもそも、アレクはダンスをマスターしているため、練習なんて必要がない。
漏れ聞こえてくる音に合わせてステップを踏んでみるも、やっぱりタイミングが合わなくて何度もアレクの足を踏んでしまう。
「あっ、ごめん」
「構わない。段々上手くなってきた」
お世辞であることは分かっている。全然格好なんてついていない。しょんぼりしていると、アレクの手が圭の腰を掴んだ。
「うわっ!」
突然持ち上げられて驚いてしまう。そのままアレクは圭を持ち上げてクルクルとその場で回り始めた。
「ケイ、そのままポーズをとれるか?」
どんなポーズが良いか分からず、とりあえず両手を上げてみたが、アレクが喜んでいたから間違いではなかったのだろう。
次に、そのまま片足に手を添えられたことから、流れのままに腕を伸ばしてみる。
(あっ、これ、金スマで見たリフトってやつだ!)
母が欠かさず見ていたテレビ番組を思い出した。社交ダンスのコーナーで見たことのあるポーズを思い出し、思い切り脚を伸ばしてみる。
脚を下ろされては少し曲に合わせて踊り、また抱え上げられる。その繰り返し。
いつの間にか楽しくなっていた。アレクの足を踏まなくて済むし、何より、自分の体の柔らかさを活かせる。
それに、アレクの誘導も見事なものだった。どう体を動かせば良いのか手に取るように分かる。ダイナミックなポーズもアレクが支えてくれていると思うといくらでも挑戦できた。
気付いた時には息が切れていたし、鳴り響いていた音楽も止まっていた。心地良くかいた汗に海風が心地良い。
「つっっっっっかれたー! でも、超楽しかったー!!」
ハンモックに下ろされ、そのまま寝ころんだ。アレクも圭の横に寝そべり、二人で一緒にハンモックを揺らす。
「ほら、上手くできただろう?」
「てか、全然曲調と合ってなかったじゃん」
ケラケラと笑いながら服の袖で汗をぬぐった。
聞こえてきた音楽はゆったりとしたワルツの調べだ。ダンスの中でも定番とされている。
しかし、アレクと共に踊っていたのはそんなテンポではない。もはや雑技団レベルでのアクロバティックダンスである。誰に見せられるものでもない。
「楽しければそれで良い。ダンスなんてものは自己満足だ。終わった後にケイが楽しければそれが正解だ」
前髪をかき上げられ、額にキスを落とされる。くすぐったくてまた小さく笑ってしまった。
「俺、ちょっとだけダンス、好きになったかも」
「それは良かった。俺も今までしてきたダンスの中で一番楽しかった」
「アレクはやっぱいっぱい踊ってきたの?」
「それなりにはな。やらねばならない時だけだが。だが、俺もあまりダンスは好きではない。知らん女とベタベタするのも好きじゃなかったし、何が楽しいのかさっぱり分からなかった」
ぶすっとした表情をするアレクを見て苦笑してしまう。きっと、仏頂面か無表情のまま踊っていたのだろう。想像に易かった。
「ケイの世界では踊りというものはあったのか?」
「うーん、俺の世界っていうか、俺の国ではあんまりダンスの習慣ないかなぁ」
体育の授業の中にダンスの項目が必修としてあるからやってはいたが、日本人はあまりダンスに馴染みがないと思う。キャンプファイヤーの時に少し踊ることもあったが、その程度だ。あとは夏祭りの盆踊り程度である。それよりも体操で行っていた床演技の方がよほどダンスに近い気がする。
「それは良かった。ケイが誰かと手を取り合って踊っているのを見たら、その者の手を腕ごと斬り落としてしまいそうだ」
「ひえっ……」
物騒な言葉が出て来てゾゾゾと背筋が凍る。キャンプファイヤーの話をしなくて良かった。もうすぐ喉から出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「あ、アレクもさっきみたいに誰かにダンスの相手を申し込んだりしてたんじゃねーのぉ?」
咄嗟に別の話題へと切り替える。これ以上踏み込まれてポロリと零してしまったらまずい。昔のこととはいえ、ヤキモチを焼かれかねない。
「まぁ、全くないこともなかったが……」
「ほらぁ!」
ガバリとハンモックから上半身を起こした。自分から振った話題ではあるものの、いざその言葉が出てくると面白くない。先ほどのポーズも様になっていた。アレクが誰かにダンスを申し込むのを想像して、プクリと頬を膨らませる。
「その時の状況で仕方なくだ。別に俺もしたくてした訳でもない」
「でもぉ、やっぱ気に入んない!」
「許してくれ。もう、ケイ以外に申し込むことなど今後一切ありえない。天に誓っても良い」
チュッチュッと顔中にキスをされて絆されそうになる。
キスから逃れるように再びハンモックに寝ころんだ。アレクは圭に覆い被さり、キスの雨をやめない。
こそばゆいものの、やっぱり少し嬉しい。求められることに慣れつつあっても、この気持ちは生涯変わらないだろう。
両手の指を恋人繋ぎで絡ませる。アレクの左指を見て、ここにリングがあればアレクが既婚であるとすぐ分かるのにとボンヤリ思った。
あれほど盛大に式を挙げたため、誰もがアレクのことを既婚者であることは分かっているだろうが、それでも、知らない人がいないという訳はないだろう。例えば、これから向かうヘルボルナ大陸では、知らない人がいてもおかしくはない。大陸すら違う、他国の話なのだから。ネットやテレビがないこの世界で、自国の報道ならまだしも、どこまで他国の情報が伝達されているか分からない。
左手を引き寄せ、アレクの指を顔へと近づける。ほとんど無意識の内に薬指へとキスをしていた。
「ケイ?」
アレクに名を呼ばれてハッとする。自分の行動に照れて赤面してしまう。
「どうした?」
「な、何でもない!」
繋いだままの手で顔を隠した。自分の中にある独占欲のようなものを見られたようで恥ずかしい。
しばらくアレクは圭のしたいようにさせていたが、腕を横に引っ張られて顔が見えてしまう。
「ケーイ?」
ニコニコしながら見下ろされている。麗しい人の笑顔はずるい。何でも話さなければならないような気になってくる。
「アレクが……ヴァラーラに行って、モテちゃってるの見たらやだな~って……思っちゃったから」
口にしてから後悔した。結婚指輪のことを言えば、アレクのことだからすぐにでも作るだろう。圭自身が別に指輪を欲しいという訳ではない。誰が見ても分かる「アレクが既婚者である証」が欲しかっただけだ。
だから、ぼやかしたつもりでいたが、言った途端、心の狭さに羞恥が止まらなくなる。
アレクを見てみれば、顔を背けて細かく震えていた。唇を噛みしめている。
やはり、おかしなことを言っただろう。一気に赤面する。
「うあ~、ごめん! やっぱ今の忘れて!!」
アワアワしていると、唇に噛みつくようなキスをされた。
「んっ……」
強引に絡みついて来る舌。吸われ、息すらも許してくれない程の力強さで迫られる。
口内の全てを吸い尽くされるようなキスによって、唇を離した頃には全身の力が抜けてしまっていた。
「今日は、さすがにケイも疲れているだろうし、明日のこともあるから、やめておこうとは思っていたのだが……」
「ふぇっ?」
ボンヤリとした頭のまま、アレクの発する言葉を待った。既に圭の方が息切れしてしまっている。それ程に濃厚で深いキスだった。
「そんなことを言われたら、止められなくなるだろうが」
ゴリッと押し付けられた下腹の高ぶり。当てられた硬さで既に剛直が準備万端であることを知る。
「何で、やめる必要あんの?」
「だから、ケイの体のためだと……」
繋いだままの手を股間へと持っていく。アレクの指に圭自身の高ぶりを触れさせた。
あんなキスをされて高ぶらないほど聖人君主ではない。
「俺もこんなんなってるもん」
アレクの指の関節を使って自慰に耽る気持ち良さ。服越しでも感じてしまう。
「ケイが、誘ったのだからな?」
コクリと一つ頷いた。
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