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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第2章:クルーズ編 第8話

 少し肌寒い風に晒され、身じろぎする。近くに温もりがあり、抱きついた。温かくホッとした。頬擦りすると、圭の体全体が温かい物体に包まれた。  気持ちが良くてそのまま眠りに落ちてしまいたかったが、頭の片隅にいた理性が圭を起こしにかかる。その声に導かれるように目を開いた。 「……あれ? 俺、また、落ちてた?」 「大した時間じゃない。ほんのわずかな間だけだ」 「そっか……。ごめん」  アレクとは根本的に体力が違うため、圭が情事の際に先に寝落ちることは頻繁にある。ただ、まだ3回目のセックスで意識を失ってしまうなど、ここ最近はあまりないことだった。アレクとの頻繁に行っている情事で少し慣れてきたと思っていたが、今日は疲れていたのかもしれない。 「すまないな、本当なら、すぐに風呂にでも入れてやらねばならなかったというのに」 「大丈夫だって。寒いって程でもないし。でも、珍しいな」  アレクはいつも圭が寝落ちた後、体を綺麗にしてくれる。意識がない内にされていて気付けば朝なので、多分アレクが満足した後、風呂に入れたり体を拭いたりしてくれているのだろう。だから、そのままの格好で放置されるということがない。出逢ったばかりの頃はそんな気遣いもなく、目覚めた時は最悪な気分だったが。  好きでもない相手に自分が〝犯された〟という事実を毎朝突きつけられる。それは自尊心を打ち砕き、男としてのプライドを踏みにじるものだった。汚濁に汚された体。全身へと好き放題に付けられた痕。後孔からは精液が零れ、無理な体勢を強要されることも多く、体の節々が痛い。まさにレイプ後の惨状と言っても過言ではなかった。  覚醒する度に絶望する。相手が満足するためだけのオモチャと同じ。精液や汗でべたついた感じも気持ちが悪く、最悪な寝起きとなっていた。  しかし、互いの気持ちが通じ合っている今、仮に情事後のまま起きたとしても、気にはならない。  むしろ、存分に愛されたという証拠だと、嬉しくもある。 「もしかしてぇ~、まだし足りなかった~?」  チョイチョイと人差し指でアレクの頬をつつく。アレクは苦笑しながら圭を引き寄せて自分の体の上に乗せた。重くないだろうかとも思うが、多分アレクのことだから「軽すぎる」と言ってくるだろう。 「俺はいつでも大歓迎だが?」 「勘弁してよ、アレクの底なし性欲大魔神と俺じゃそもそもの体力が違うんだからさぁ」  盛大に溜め息を吐いて見せれば、頭上でアレクが笑っていた。  ウッドデッキに横たわっていたアレクが上半身を起こした。体を重ねるように乗っていた圭もアレクの膝の上に座る。 「もう、明日でケイとの二人きりの旅が終わってしまうのは、さすがに寂しいものだな」  アレクを背もたれにするように座っていた圭の後ろから残念そうな声が聞こえてきた。アレクの大きな手を弄って遊んでいた圭が首だけで後ろを向く。 「ってか、これからが本番じゃん」 「俺にとっては、退屈な仕事でしかない」  魂が抜け出てしまうのではないかと危惧する程の大きな溜め息を吐き出し、アレクが圭に抱き着いてきた。腕だけ拘束から抜き出して頭を撫でてやれば、グリグリと圭のうなじに額を押し付けて来る。  こういうアレクは結構可愛い。ギャップ萌えしてしまう。自分だけに甘えてくる大型犬のようだ。 「大切な会議なんだろ~?」 「俺にとってはケイ以上に大切なものなんかない」  ギュウゥと抱き締められて苦笑する。少し苦しいが、その力の強さがアレクからの想いの強さと比例しているように感じて心地良い。 「思っていた以上にケイとの旅が楽しすぎた。ここに余計な者たちが入り込んでくると思うと、苦痛でしかない」 「おいおい、言いすぎだろ~」 「ケイはそうじゃないのか?」  顎を取られて顔を上向きにされる。ジト目で見下ろされ、またしても苦笑してしまった。 「寂しいに~、決まってるじゃん」  アレクの頬を両手で包み込んだ。まだ少し火照っている頬は熱い。  ウニウニと掌で頬を揉んでいたら、上からキスが降ってきた。遊ぶなと言いたいのかもしれない。 「んっ」  当然のように舌を絡ませ、情欲に塗れたキスで互いの体を高ぶらせる。唇が離れた時には唾液が糸を引いていた。 「……やっぱり会議は行くのをやめて、リゾート地巡りでもするか。ヘルボルナ大陸にも良い場所はたくさんあるぞ。シルヴァリアには劣るが」 「だーかーらぁー、ダメに決まってんじゃ~ん!」  アハハと笑いながらまた頭を撫でた。  よほど旅が楽しかったのだろう。そんなに楽しんでもらえたのなら圭としても嬉しい。圭にも楽しい旅行の思い出というのはたくさんある。そういった思い出を作ったことのないアレクが喜んでくれたのならばこれ以上のことはない。  色々あったが、もちろん圭も大いに楽しんだ。 「そういえば、ユルとは明日くらいには合流するの?」 「いや、まだだ。転移を使わずに行くとヴァラーラはなかなかに遠いからな」 「じゃあ、いつもだったらユルと転移で行くの?」 「冗談だろ? 何で俺が誰かを連れて行ってやる必要があるんだ?」 「でも、ユルってアレクにとっても大切じゃない?」 「俺にとっての大切な者はケイだけだと言っているだろうが」  鼻先を圭の髪に埋め、グリグリと擦られる。頑として折れないアレクに仕方ない人だと苦笑しつつも、この特別扱いが心地良い。好きな人の特別になれるというのは本当に嬉しく、満たされる気分になる。嫌いな相手からの執着はただの地獄だが。 「また、こんな風に旅行しよう? どっか行く時に俺がついて行くとか、おまけで良いから」 「冗談だろう? ケイがおまけなんて。そっちの方がメインで、他のことなど全て些末なことだ」 「本末転倒~!」  声を上げて笑った。アレクも一緒にほほ笑む。  心地の良い時間だった。体も満足できて、心も満たされる。閉鎖的な城と違い、解放感があるのもまた良い。  本当は2人きりの時間が終わってしまうのを残念がっているのは圭の方かもしれない。大好きな人を仕事で他の人に盗られてしまうから。  会議中は一緒にはいられない。圭がいたところで邪魔でしかない。アレクに言えば、いくらでもいれば良いと喜ぶだろうが、わざわざアレクたちが足を運ぶほど重要な仕事なのだ。そんな場所に部外者がいて良いはずがない。それに、いたところできっとつまらないだろう。圭には分からない話ばかりを延々とするのだろうから。 「ケイの国での婚姻は旅行の他にどんなことをするんだ?」 「ん~、確か、付き合って、プロポーズして……」 「プロポーズ?」 「結婚申し込む言葉のこと。なんか雰囲気良い場所で、指輪渡しながら思い出に残る特別な言葉言う感じ」  まだ高校生の圭にとっては縁遠いこと過ぎて全く興味もなかったからあまり気にしたこともなかった。確か、それで合っているはずだ。……多分。 「プロポーズというものをしなければ結婚にはならないのか?」 「多分? そんな気がする」  貴族社会であるシルヴァリアでは政略結婚の方が多く、そういう風習はないのかもしれない。平民はそんなこともないだろうが、伴侶となる相手を恋愛という観点から選べない立場のアレクには馴染みがないのだろう。 「ケイの国では指輪を贈るのが一般的なのか?」 「うん。結婚するとみんなしてる。薬指にそれしてると、独身かどうか分かる目印になるから」  左の薬指の根本を指で指し示した。「結婚指輪は給料の3か月分」とはよく聞くが、一体いくらくらいのものなのかは分かっていない。10歳離れた兄ですらまだ結婚しておらず、そんな話は出ないのだから。  ただ、アレクの月収3か月分などといったら、とんでもない金額になってしまいそうだ。そんな高価な物贈られても怖くて毎日など付けられない。 「でも、別に俺の世界の話ってだけだから。別にしなくて良いからな?」  なんとなくアレクが贈ってきそうな予感がしたため、あえて先手を打っておいた。 「ケイは欲しくないのか?」 「だって、俺にはもうアレクのだって印ついてるじゃん」  胸元のピアスを軽く引っ張って主張した。目に見える場所ではないが、こんなに派手な物を贈られているのだから、もう十分だ。  ついでに言えば、腰には焼き印も入れられている。ここまでされていて、他の人の入る余地などない。普通に考えればドン引きされるだろう。もうすっかり受け入れている圭にとっては何とも思わないが。 「物として残るのよりも、俺はアレクとの思い出の方が良い」  体ごと後ろを向き、その体躯に抱きついた。ギュッと抱き留められ、安堵に包まれる。 「アレクは?」 「俺はケイがいれば何だって良い」  心を満たしてくれる言葉にキュンとする。  しばらく夜の海を堪能しながら、圭が小さくクシャミをした頃、やっと室内へと戻るのだった。

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