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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第4章:城下町編 第1話

 いつの間にかベッドで眠っていた。アレクと一緒に湯に浸かり、一応風呂から出たところまでは覚えている。きちんとパジャマを着せられているし、抱かれた翌日、腰などに感じる情交の名残もない。いつの間にか眠ってしまった圭をいつものようにアレクが世話してくれたのだろう。  背後から腰に回っている逞しい腕。圭の腕の1.5倍近く太い。がっしりと鍛えられた腕は並べることで互いの差を見せつけてくるようだ。 「起きたのか?」  耳の後ろにキスされる。そのまま首筋などを唇で食まれ、少しばかりのくすぐったさに苦笑した。 「おはよう、アレク」 「おはよう」  アレクの方へと向き合うように体を反転させられ、唇を合わせた。起き抜けにしては濃厚な口づけ。クチュリクチュリと鳴る水音が生々しい。 「ゆっくり眠れたか?」 「うん」  こっくりと小さく頷けば、アレクは綺麗にほほ笑んでくれる。  胸がトキンと鳴った。やっぱりこの人が好きだと感じる。  一緒にいられて嬉しい。ずっとずっとこの人と一緒にいたい。  いつまでもアレクの隣にいられるために、きちんとみんなに認められる存在であらねばならない。  眠って忘れかけていた昨日の失態が思い起こされる。ツキンと胸が再び痛んだ。 「今日も良い天気だ。ケイと出かけるのはいつも晴天ばかりだな。ケイの日頃の行いが良いからだろう」  カラカラと笑うアレクに照れ笑いを浮かべる。アレクは愛おしそうに瞳を細め、圭の髪を撫でていた。  確かに、カーテンの隙間から零れる光は今日も晴天であることを物語っていた。雨で行動が制限されないのは嬉しい。こんな風に城から出られること自体が圭にとっては稀なのだ。いろんな所を自由に制限なく見てみたいし、やってみたい。  アレクと一緒に楽しむために、心配をかけてはならない。憂いていては、アレクが気にしてしまう。できうる限り元気に、いつも通りに見えるように振る舞わなければ。 「俺がいつも頑張ってるから、お天気の神様が見ててくれるからな」 「ああ、ありがとうな、ケイ」  軽口を叩きながらニカリと笑う。それだけでアレクが嬉しそうにしてくれる。チュッと唇に触れるだけの口づけをした後、アレクの腕の中から抜け出した。窓辺へと駆け寄り、カーテンを勢いよく開く。既にアレクも起きているし、眠りを妨げるような迷惑行為にはならない。 「わーっ!」  窓越しに見える城下町の様子に圭は感嘆の声を上げた。シルヴァリアの城下町の家々とは形が違う。まさに異国という言葉がぴったりの光景だ。今日はこの街を案内してもらえるのだと思うとワクワクしてくる。起き抜けに感じた憂いが晴れていくようだ。 「シルヴァリアと全然違うね!」 「ああ。シルヴァリアでも地域によっては様々な形の家があるが、大陸を超えるとそれは更に顕著になる。もしかしたら、ケイの暮らしていた国の建築様式とはヴァラーラの方が近いかもしれないな」  いつの間にか圭の背後に来て腰を抱いていたアレクへと頷いた。  瓦屋根などが見えるヴァラーラの建物は確かに日本に通ずるものを感じる。日本というよりは中国に似ているという印象だ。  離れていた時に夢の中で見た日本の光景のことをアレクは言っているのだろう。ギュッと抱き着いてくる力の強さに苦笑する。  もちろん郷愁はあるものの、アレクの傍をきちんと選んだというのに。ヴァラーラの方が良いとはならないし、アレクの傍を離れるつもりも毛頭ない。 「アレクはヴァラーラの城下町って歩いたことはあるの?」 「……よく考えてみれば、大してないな。そもそも、興味自体がなかった」  少し考えるような間があった後、ボソリと低い声で呟くように言った言葉に少しばかり呆れてしまった。  ヴァラーラはシルヴァリアに次いで世界2位の大国だ。貿易などでそれなりに交流はあっただろうに「興味がない」の一言でバッサリ切り捨てるのはアレクらしいと言えばアレクらしい。 「でも、今日、俺と一緒に回ってて大丈夫なの? 会議の方。準備とか」 「そっちは滞りなく進んでいる。元々、明日の会議の直前で転移して訪れるというのが例年のことだ。むしろ、こんな早くから来ていること自体の方が初めてだ」 「えっ!? そうだったの!? もしかしたら、俺たち忙しい時にお邪魔しちゃった?」 「いや、以前からもっと来てくれとは言われていたんだ。ただ、俺が面倒臭がって来なかっただけでな。だから、昨夜も歓待されただろう」  昨夜の夕食会などは、やはりシルヴァリアだからこそのもてなしだったようだ。確かに、あんな風に参加する各国全てを接待していたら大変だし、この会議はシルヴァリアとヴァラーラの2国で交互に行われていると言っていた。来年、そんな応対を全ての国に対して求められたらあまりにも大変すぎる。 「国王夫妻も喜んでいた。2人とはそれなりに付き合いがあるが、あんな風に長時間ざっくばらんに話をしたのは実は初めてでな。俺の知らないこともたくさんあったし、互いの利益になるような話もできた。昨夜の話を更に発展させれば、これからまた交易も一層盛んになるだろう。そのきっかけを作ってくれたのがケイだ。ありがとうな」  つむじにキスを落とされる。何をした訳でもないというのに礼を言われるのはこそばゆい。  無駄なことを嫌うアレクだし、そもそもの仕事量が多すぎてなかなか時間が作れないというのもあっただろう。会議の時間の直前に移動してきて必要な議論にだけ参加し、終わればすぐに帰る。あまりにも想像に易い光景だった。  求められるものは全てちゃんとこなしていれば何の問題もない。しかし、雑談などから生まれるものもあるだろうし、交流を深めておけば何かあった時にもきっと役立つ。そういうコミュニケーションのきっかけになれたのであれば圭としても嬉しくなる。アレクの役に立つことができたのだから。 「あれ? 会議って明日からだよね。……もしかして、俺と一緒にヴァラーラを回るために少し早めに着いたの?」  顔を上向かせれば、鷹揚にほほ笑む麗人。  またしても圭のためにと計らってくれたことが嬉しい。今回の「外交」という名ばかりの新婚旅行はアレクに喜ばせてもらってばかりだ。彼の思いやり溢れる優しさを改めて感じる。 「じゃあ、いっぱい今日も一緒に回ろうな。アレクがいると、何でも楽しくなるから俺好き」  フニャリとはにかめば、肋骨が折れそうなくらいの力で抱きすくめられる。さすがの強さに反射的に喉からうめき声が零れた。 「俺も愛しているよ」 「だ、だずげでぇ……ぎぶぅ……」  バンバンと死に物狂いでアレクの腕を叩く。やっとアレクに離してもらえた時には全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。 「すまない、大丈夫か?」 「う、うん……でも、ちょっとだけ死ぬかと思った……」  差し出されたアレクの手を取りながら立ち上がる。心配そうに何度も謝ってくるが、アレクはたまにこういう事があるから少しだけ慣れた気がする。  こんな事で慣れたくはないが。  あれこれと窓の外の景色を眺めながら取るに足りない話を続けていると、朝食の用意ができたと告げられる。「朝食」という単語を聞いただけで条件反射のようにクゥと腹が鳴る。もはや聞かれ慣れすぎて恥ずかしがることでもないが、とりあえず照れ笑いをしてごまかした。アレクは機嫌良さそうに圭の腹を撫でる。 「それでは、ケイの可愛い腹の虫たちのためにも朝食へと向かおうか。今日も城下で気になった物があれば買ってやるから、満腹にはしないようにな。食べきれなければいくらでも俺に寄越せば良いから」  アレクへと礼を言いながら笑いかければ、またしてもきつく抱き締められる。  今度は床から足が浮いた。さすがに泡を吹いて気を失うかと思い、厳重に注意をする羽目になった。

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