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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第6章 旅の終わり編 第2話

 全ての会議が終わると、圭たちは一度部屋へと戻り、改めて支度をさせられていた。用意されたのは、アレクとお揃いの色をしたチャイナ服。きわどい部分まで入っている豪快なスリットに少し面食らったが、普段とは違うアレクの姿を見て大きく目を見開いた。 「わぁっ! 何かいつもと違うけど、それもカッコいいな」 「ケイもとても愛らしい。……この服を着せるのは、俺が先だと思ってたんだがな」 「い、いでででででっ! 肩、痛い! いってーっての!」  ポンと左肩に置かれたアレクの手に徐々に力が入る。抗議した次の瞬間には離してくれたものの、肩が砕かれるかと思った。  目の前のアレクも圭と同色のチャイナ服を着ている。もちろん、圭のように女性物ではなく、男性用のタイプだが。  エメラルドグリーンの生地に金糸で様々な紋様が描かれている。相当手が込んでいるように見え、こんなに繊細な柄をひと月足らずで仕上げるなんて、用意する方も大変だっただろう。  ドレスはたんまりと用意されているというのに、なぜ他国の民族衣装を着せられているのかと聞けば、会議の最終日の夜には全ての参加国が集う晩餐会が催されるらしい。そこでは、主催国の衣装を身に着けるというのが慣例だそうだ。大抵はシルヴァリアとヴァラーラの両国が1年ごとに開催するため、シルヴァリアの時は洋装、ヴァラーラの時はチャイナ服というのがお決まりのようだ。 「じゃあ、2年前はアレクもこの服着たの?」 「全く別の服だがな。今回はケイもいるから、用意するのにも随分と興が乗った」  チュッと額に口づけられる。いつもと格好の雰囲気が違うだけでドキドキしてしまう。 「さて、そろそろ行くとするか。こんなに可愛いケイを衆目に晒すのは癪だが、俺たちが行かなければ始まらないからな」  左手を取られ、薬指へと指輪を嵌められる。昨夜、アレクから貰った結婚指輪だ。左手を翳してリングを眺める。七色に輝く小さな石。アレクに守られているようで嬉しくなる。 「俺にもつけてくれるか?」 「うん!」  対となるもう一つの指輪を渡され、アレクの左手を掌に乗せる。薬指に嵌めれば、揃いの指でキラキラと光るペアリングに口角が上がる。 「ああ、良いな。ケイと同じ物を嵌められるというのは。これを見れば、俺たちの関係性だってすぐに分かる」 「ほとんどペアルックみたいな格好してるから、これ見なくても分かるとは思うけどね」 「今晩はそうだが、普段は違うだろう。でも、これがあればいつでもケイとここで繋がっている気分になれる。花冠は持ち歩けないが、これならどこでも一緒だ」  今度は圭の左手を取り、チュッとリングへと口づけ。そんな姿も映画の中のワンシーンのようだ。アレクは何をさせても様になる。伴侶だというのに、やっぱり赤面してしまう。 「さあ、今度こそ向かうとしよう。今夜は立食パーティだから、ケイの好きな物を好きなだけ食べられるぞ」 「マジ? やった! 楽しみ!」  アレクの肘に手を掛ける。エスコートされながら晩餐会の広間へと向かう。  チャイナドレスを見せられた時、またしてもハイヒールを履かされるかとヒヤヒヤしたが、出されたのはフラットシューズでホッとした。ドレスと合わせた色合いの靴にも細かい刺繍が施され、特注品であることが窺われる。  これらの服は今宵を過ぎたら使われるのか疑問だが、そのことに関しては考えないようにすることにした。どうせ、2年後にまたこんな機会があれば、アレクは喜々として別の服や靴を仕立てるのだろう。それでアレクがやる気になるのなら安いものだ。 「わぁっ!」  既に会場の中は大勢の人たちで賑わっていた。皆、チャイナ服に酷似した服を身に纏っている。色とりどりの服は会場内を彩っていた。  圭とアレクが歩く姿は想像以上に注目を集めた。普段、隔絶された生活をしている分、やっぱりこういう場は慣れない。先程、会議の場でもそれなりに見られはしたが、ちょうど入ったタイミングが議論の真っ最中だったこともあり、そこまでジロジロ見られることはなかったのだ。  しかし、今はこれ幸いとばかりに衆目を集めている。 「ほら、この辺りはケイの好きそうな物ばかりだ」 「そうなの?」  見知らぬ料理が並んでいる。アレクが小皿に盛り付け、圭へと手渡す。そんなアレクの姿にも周囲はどよめいていたが、気付かないフリをした。いちいち気にしていたら、もう何もできない。 「んっ、おいひぃ!」  甘じょっぱい肉を頬張り、目を丸くした。辛そうな見た目だったため、想像以上に辛かったら食べられるか心配したが、ホロホロと口の中で溶ける癖のない肉は圭に満面の笑みを浮かべさせる。  アレクに勧められるまま、いくつか料理を口にしては驚くを繰り返す。シルヴァリアとも日本とも違って全てが真新しいし、どれも美味しい。渡された青汁を彷彿とさせるような緑色のジュースも甘酸っぱくて口の中をサッパリさせてくれる。  ニコニコしながら次へと食べ進めていると、ミシェル国王とエリザベート王妃が声を掛けてくれた。 「お二方、楽しんでいらっしゃいますか?」 「はい、とっても!」  ペコリと一礼する。アレクと共に対となった服も褒められ、照れながらも喜んだ。アレクは何を着ても似合うが、そんな彼と揃いで作られた服を良いと言われれば当然嬉しい。アレクの隣に並んでいても遜色がないと思っても良い気がするから。  隣のアレクを見上げれば、アレクも顔を綻ばせながら圭を見下ろしていた。お互いに相手が褒められれば自分のこと以上に喜べるのは良い関係性だと思う。 「此度の来訪では、アレクサンダー陛下の意外な一面をたくさん見ることができましたな」 「私もケイにシルヴァリアでは普段見せてやれないようなものをたくさん見せてあげることができて満足しています」 「ふふっ、本当にアレクサンダー陛下はケイさんに首ったけですのね」 「ええ、それは勿論。ケイは私の全てですから」  肩を引き寄せられ、アレクへと凭れかかるように抱き寄せられる。一昨日の夜にも散々惚気たため、もはやミシェル国王夫妻の前ではそこまで照れるということはない。  しかし、今ここには国王夫妻だけでなく、各国の要人たちが集っている。そんな場所でもお構いなしに普段のようなふれあいをしてくる。圭としては気恥ずかしいが、対するアレクは全く気にしていないどころか、上機嫌だ。昨日のこともあり、機嫌を損ねるようなことを言いたくはない。そのため、アレクの好きにさせてニコニコと黙っていることにした。それが一番上手く事が運ぶと分かっているから。 「この後のダンスパーティもお二人で参加されるのでしょう? 楽しみですわね。お二方のダンスは。婚姻の儀の時にはお目にかかれなかったものですから」  ダンスという言葉にビクリとする。ヴァラーラに来てから様々なことがありすぎて、すっかり忘れていた。人前で見せられるようなレベルには到底達していない。いくらフラットシューズでヒールよりも動きやすいと言っても、だからと言って上手く踊れるかというと別だ。音痴と同様で、ダンスセンスはほとんど持っていない。 「そうですね。今年は皆様の前でやっと真に踊りたい相手と共にお見せすることができます」  アレクの受け答えに目玉が飛び出そうになるほど驚いた。目をまん丸に見開いたままアレクを見上げれば、やはりご機嫌でミシェル国王夫妻と談笑していた。 「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと! 俺のダンススキル見ただろ!? そんな上手く踊れるはずねーじゃん!」 「別に上手くなんて踊る必要ないだろう? 楽しく踊れればそれで十分だ」  ミシェル国王夫妻と別れ、二人きりになったところでアレクを会場の隅まで引っ張って行き、アレクを屈ませて小声で耳打ちする。アレクは至極当然と言った表情で圭の言葉に耳を傾けていた。 「いやいやいやいやいやいやいやいや、絶対みんなに見られるじゃん! そんなみっともない踊りしてたら、アレク恥ずかしいだろ」 「いや? 全く。なぜ恥ずかしいんだ? ケイのやることなすこと、全てが愛らしいだろう。そんな可愛いケイを見せてやるのだから、感謝こそされるだろうが、嘲笑などする者などいるはずもない。いたとすれば、その場で消し炭にでもしてやるが?」 「ダメダメダメダメ、絶対ダメ!! そんなことしたら、即離縁だから! その前に、そんな物騒なこと考えんな!」  圭の必死な言葉にアレクは渋々といった表情で「善処する」とだけ告げる。そんな中、アレクの姿を見つけて声を掛けてくる他国の人たちがおり、少し疲れたから端の方で休むと言ってアレクと別れた。アレクはそっちの方が不機嫌になったが、ユルゲンを呼びつけ圭の世話を任せると、呼ばれた方へと歩いて行った。  ユルゲンと共に会場の端に置かれた椅子に座り、見た目青汁の絶品ジュース片手にフルーツを食す。アレクは声をかけられた男性らと談笑していた。アレクの元へは次から次へと人が集まってくる。もしかしたら、圭がいたことで皆少し遠慮をしていたのかもしれない。会議の休憩中もアレクと話したがる人はいたし、こういう機会でもないとそう簡単にはお目にかかれないのだろう。圭とは常に一緒にいるのだし、どうせ明日になればシルヴァリアへ帰る。そうすれば、また元の日常に戻るのだから、いくらでも圭とは共にいられる。こういう時くらい普段なかなか会えない人たちと交流すべきだろう。 「ねえ、ユル、ダンスパーティって普段はどんな相手と一緒に踊るものなの?」 「大抵は伴侶や婚約者など、特定の相手がいる方の場合はその方と踊ることが多いですね。ただ、ずっと同じ相手という訳ではなく、曲が変わったら別のお相手と踊られる方もいらっしゃいます。まあ、陛下の場合、ケイ様が他の方と手を握られることなどお許しになられないでしょうから、ケイ様は陛下とだけですよ」 「いや、それはもう何となくそうだろうとは分かってる。でも、去年までは俺いなかったじゃん? その時はアレクどうしてたの?」 「大国シルヴァリアの皇帝陛下とお近づきになるチャンスですからね。そりゃあもう肉食獣のような女性たちが狙ってましたよ」 「うわ~、想像つく~」  このパーティのために特製のドレスをあつらえ、容姿を磨き、参戦しているのであろう女性たちは会場中の至る所に見受けられる。アレクが独身の頃だったなら、妃の座を狙う女性は数多くいたことだろう。そりゃあ引く手数多で休ませてもらう暇すらなかったに違いない。 「ただ、陛下はこの場に伴侶を求めて来てはいらっしゃいませんでしたから。お誘いはかかるし、建前上踊りはしますが、それはそれはつまらなそうに踊っていらっしゃいましたよ。でも、今年は大違いですね。ケイ様が一緒にいらっしゃると決まった瞬間から楽しみにされていたようですから」 「うへぇ……そんなの聞かされたら、なおさら踊りたくねぇ~~~~~!!」  ジュースの入ったグラスを握り締めながらガックリと首をうなだれる。  アレクが楽しみにしていることは分かっていたが、そこまで待ち望んでいたとなれば、やっぱり失敗なんて見せられない。クルーズ船の中であれだけのポンコツぶりを見せたのに、それでも期待は薄らいでいないところを見る限り、これは絶対に踊らされる。 「あ……なんか、俺、頭痛くなってきた……かも??」 「仮病だとバレたら、後が大変になりますがよろしいですか?」 「あー……やぁっぱ、頭痛くなくなったかもぉ……」  圭の座る椅子の隣でジト目をしながら見下ろしてくるユルゲンを見ては嘘もつけない。  ひと際賑やかな輪の中心で作り笑いを張り付けながら相手をしているアレクを眺めながらジュースを嚥下する。アレクを見ていると、偉い人というのも大変なんだなとしみじみ思う。意外と好き放題できるわけでもないし、プライベートの時間も少ない気がする。圭だったらやれと言われたところで丁重に辞退する。 「そういえば、会議の所にはいなかった女の人たちもたくさんいるけど、みんなどこで何してたの?」 「ああ、ファーストレディらのことですか。多くは皆様集って茶会などを開かれていらっしゃいましたね。こういう席でしかここまで大勢の夫人らは集まりませんし、それはそれで貴重な交流や情報交換の場ですから。エリザベート様もホスト国としてお相手されていたはずですよ」 「え、マジか……。じゃあ、俺も来年はそれやんなきゃってこと?」 「従来であればそうでしょうが、陛下がケイ様のご負担になるようなことはさせる気はないでしょうから、そうとも限らないかもしれませんね」 「てゆーか、俺、今回そういう所に全然行かなかったけど大丈夫だったの?」 「必ずしも行く必要はありません。あくまで任意の場ですから。行かないご夫人方もたくさんいらっしゃいますし、そもそも伴侶を連れて来ない国の方々もいらっしゃいます。陛下は今回、ケイ様に様々な土地を見せて差し上げることが目的でしたからね。わざわざケイ様の負担になるようなことは敢えてさせなかったのでしょう」  ユルゲンの言葉を聞いてホッとする。参加しろと言われれば行くには行ったが、そのような場に慣れていない圭にとってはとても憂鬱だっただろう。アレクたちの配慮に安堵する。 「そもそも、我々にとっても今回の会議に陛下が来ることだけで合格点でしたから。そこまで求めてなんておりません。それに、不慣れなケイ様が行って心配事が増えるくらいなら、大人しく議場で勉強してくれていた方が何百倍もマシです。陛下も議場にケイ様がいることで随分と機嫌良く会議に出席してくださっていましたから。それに、我々は天下の大国シルヴァリアですよ? 我々に強制する者などいると思いますか?」  フルフルと小さく首を横に振る。そこまで言うのならば気にする必要もなさそうだ。  歓談の時は過ぎ、会場に大勢の演奏家らが楽器片手に入って来た。いよいよダンスタイムの到来だと分かり、ゴクリと生唾を飲み込む。  上機嫌のアレクが圭を迎えに来た。手を差し伸べられ、仕方なく立ち上がる。  本当なら、ここで透明人間のように過ごして他の人たちのダンスを見ていたかったが、そういう訳にもいかないようだ。  しかし、連れて来られた場所が会場のど真ん中であることにはさすがにド肝を抜かれる。 「ちょ、ちょちょちょちょ、あ、あああああれくさん? こ、ここここココですかぁ!?」 「そりゃあ当然だろう。シルヴァリアを置いて、誰がここで踊る」 「いや、むむむむ無理無理無理無理ぃぃぃぃ! こんな目立つ所でなんて俺、踊れないよぉ!」 「大丈夫だ。俺がエスコートする」 「そんな問題じゃないってぇ! 船でアレクも見ただろ!? せめて、端っこで……」 「ほら、音楽が始まったぞ」 「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!」  会場にワルツが流れ始める。アレクが圭の手を取り、踊り始めた。  しかし、やはりテンポが合わず、何度もアレクの足を踏んでしまう。 「あわわわわわ、ご、ごめん、あっ、また……」 「構わない。ケイの好きに踊れば良い」 「そんなこと言ったってぇ……あぁ、また……、あ、あれぇ?」  ギュウギュウと何度も足を踏んでもアレクは全く怒る素振りもないどころか、ひと際楽しそうだ。それこそ、上機嫌ゆえに彼の背後には大輪の花が見えてきそうだ。  もちろん、会場内で最も踊りが下手くそなのは圭とアレクである。正確に言うのならば、圭一人のみだが。  会場中の人から後ろ指を指されているような気がしてならない。もはや涙目だ。 「あれくぅ、俺、もうダメだよぉ……」  潤んだ瞳で訴えかける。見上げたアレクはニコニコと満面の笑みのままだった。 「いっぱいいっぱいなケイも可愛らしいがな。まあ、あまりベッド以外では泣かせたくない」  アレクの言葉に少しホッとする。これ以上、無様な姿を衆目に晒さず済みそうだ。  繋いでいた手が離れる。やっと逃れられると踵を返そうとしたが、アレクに腰を抱かれてその場に留まらせられる。 「アレク?」  訳が分からずポカンと見上げていると、アレクがパチリと指を鳴らした。それを合図に、曲調がガラリと変わる。ゆったりとしたテンポから明るくテンポの良い音楽になった。 「あれ? この曲って……」  ルレヴェックで聞いた曲だ。アップテンポで楽しく体を動かしていたあの時を思い出す。アレクを見上げれば、圭に向けて歯を見せて笑いかけていた。 「これならケイも気にせず踊れるだろう? 俺と一緒に船上で踊ったのを思い出せば良い」 「え? でもあんなマナーも何もあったようなものじゃなくって良いの?」 「当然だろう。ダンスなどというものは、楽しく踊れればそれで十分なんだから」 「わっ!」  ヒョイと軽々とリフトをされる。クルクル回転した後、やっと下ろされ、曲調に合わせたダンスをエスコートされる。 「ほら、あの時みたいに自由に踊れば良い。ルールも決まりもないんだ。ケイが思うまま踊るのが全て正解だ」  アレクのお墨付きをもらい、少し自信が湧いてきた。船の時に2人で好きに踊った時のように自由に伸び伸びと体を動かす。  元来、体を動かすのは好きな方だ。雁字搦めになったルールの中では上手くなんてできないが、自由だと言われた瞬間から水を得た魚のように動けるようになる。 「ねえ、次のサビの時、俺のことポーンって上に投げて!」 「できるが、大丈夫か?」 「大丈夫だよ! だって、アレクが絶対受け止めてくれるだろ?」  満面の笑みで言えば、力強く頷かれる。曲のサビに来た瞬間、勢いよく上へと投げられ、その反動のままにクルリと一回転してアレクの腕の中へとダイブした。「おお~」という歓声やどよめきと共に巻き起こる拍手。  好きにして良いと言われて心が軽くなった気がする。体もよく動くし、何より楽しい。  もはやダンスというよりも曲芸披露の様相を呈してきたが、技を決める度に贈られる拍手が心地良く、あんなに憂鬱だった時間が嘘のようだ。  しばらく曲芸まがいのダンスと言って良いのかすら分からないダンスタイムを終え、部屋へと戻って来た頃にはドッと疲れが込み上げていた。しかし、気持ちの良い疲労だ。心の中がスカッとしている。チャイナドレスのまま靴だけをその辺にポーンと脱ぎ捨て、ベッドの上に大の字に転がった。 「つっかれた~!! でも、超楽しかったぁ~!!」 「楽しめたか。それは良かった」  圭の隣で肘をついて横になるアレクも満足そうな表情を浮かべていた。汗をかいた圭の額の髪を撫でてくる。心地が良くて目をそばめた。 「ねえ、アレクは? アレクは楽しかった?」 「ケイが楽しんでいるのを見るのが俺の何よりの楽しみだからな。当然楽しかったに決まってる」 「そっか」  ギュッとその胸に抱きついた。  少しだけ不安だった。自分だけが楽しいんじゃないかと。  アレクも一緒じゃないと嫌だ。独りよがりで嬉しくない。 「あ~……ヤバい……このまま俺、寝ちゃいそう……」 「寝ても良い。後は俺が全部やっておくから」 「んん~、でもぉ……メイクも、風呂も、着替えもぉ……」 「大丈夫、全部やっておく。ケイは気にせず俺の腕の中にいれば良い」  トントンと子供をあやすように背を叩かれ、その規則的な動きにも更に眠気が増す。  アレクの手が圭の左手を恋人繋ぎで重ねる。長い薬指が圭のリングを愛おしそうに撫でた。そしてはにかむ笑顔をウトウトしながら眺める。 「……あれく、だいすきだよ……」 「俺もだ。一生、大切にする。ずっと一緒だ」  ギュッと抱き締められた腕の中が心地良く、瞑った瞼はそのまま幸せな夢の中へと圭を連れて行った。

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