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案の定病みました①
『て、店外は無理だよ!バレたら罰金なんでしょ?俺、ただでさえ違反行為してるのに、』
ホテルを出れば外では強い雨が降っていた。店まで戻るためにコンビニで傘を買うか、タクシーをつかまえるか、ホテルのロビーでしばらく雨宿りをするか。切り抜ける方法はいくつか浮かんだがそのどれも選択出来ず、濡れたアスファルトの上をぼんやりと歩き出した。
ノイズのように頭を埋める雨の音を聞きながら、先ほどまで接客をしていた森本さんとのやり取りを思い出す。
『も、もしかして男が利用してます、って店に突き出すつもり?そのために外で会うの?そ、そのまま店に連れて行かれて怖い人が出てきて……』
仕事抜きで会いたい。突然の俺の言葉に、さっきまで快楽で蕩けていた森本さんの瞳は一瞬で恐怖に染まった。警戒心をむき出しにして、狭いベッドの上で距離を取る森本さん。
その姿を見て頭から一気に熱が引いて冷静になった。無理やり笑顔を作りながら壁にかかった時計を指差す。
『ご、ごめん。もう時間ギリギリだって思ったらもっと一緒にいたくてちょっとわがまま言っちゃった。何度も言うけど店には絶対言わないから安心してよ。良かったらまた次も指名して?』
ホッと表情を緩め、勢いよく抱きついてくる森本さんの体を受け止める。甘えるように重なる唇とともに絡んできた舌を、こちらも同じように絡めて追いながら目を閉じた。
そこからの業務はスムーズに終わり、チェックアウトの時間までホテルに残るという森本さんとはその場で別れて店までの帰路につく。
街中を埋める色とりどりの傘の中を無心で進む。雨で濡れた服が体中に重く張り付き、憂鬱さが増して胸が息苦しくなる。
「……俺のこと、見て、」
ポツリ、無意識に自分の唇が紡いだ言葉に足が止まる。
俺はアキさんに抱かれてから何もかもが変わって、おかしくなるくらいに意識していて、でもアキさんはまるで全て無かったことにするように冷たい態度で俺を見限った。
俺のことを好きで推していると言ってくれた森本さんは、リアルの俺ではなく風俗店で働いているまひろのことが好きだった。
じゃあ、俺は、
「まひろ?」
「っ、」
雨音と雑踏の中でもよく通る、澄んだ甘い声。顔を上げれば、道端に止まったタクシーに乗り込もうとするアキさんの姿があった。
「びしょ濡れじゃん。どうしたの?今から店に戻るとこ?」
「あ、はい……さっき○○駅で仕事終わって……」
「はっ?ここから3駅も離れてるよ。歩いてきたの?とりあえず一緒に乗りな」
目を丸くするアキさんに促されてタクシーに乗り込む。ホッとするような暖かい車内の空気に、冷え切った体がぶるりと震えた。
隣に座ったアキさんが運転手に目的地を告げるが、店ではないその見知らぬ住所に俺も顔を上げる。
「店に戻る前に俺の家でシャワー浴びな。風邪引くよ」
「アキさんの……家、」
「うん。ほら、手もこんなに冷たい」
「ッ、」
雨で濡れた俺の指先がアキさんの手に包まれ、大げさなくらいにびくりと肩を揺らしてしまう。頬が熱い。
でも顔を上げた先のアキさんの視線は窓の外に向けられていて。
気まぐれで、優しくしないで。
また息苦しくなった胸をギュッと抑えた。
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