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案の定病みました②

「アキさん、お風呂ありがとうございました」 「ふふ、ほかほかしてる。良かった。飲み物はコーヒーでいい?」 「えっと……」  アキさんの住むマンションに訪れるのはこれで二回目。相変わらずモデルルームみたいに生活感の無い綺麗な部屋に緊張して、手渡されたカップをギュッと握りしめた。 「おいで。ドライヤーしてあげる」 「う、うん、ありがとうございます」  心地よい温風とともに濡れた髪を優しく撫でられる。その指先を意識しないようにするが、気恥ずかしさに顔が熱くなる。  アキさんはずっと俺を気遣ってくれるが、余裕のない俺にはそれも社交辞令の冷たい態度のように見えてきて。  無言が息苦しくなり、耐えきれずに口を開いた。 「あの、アキさん、ありがとうございます。すみません。ご迷惑おかけして……」 「ふ、まひろ敬語でうける。あの時はタメ口で喋ってくれたじゃん」 「あの時って……、」 「んー?もう忘れたの?」  背後から伸びた指先が俺の顔に添えられて横を向かされる。アキさんの真っ黒な瞳にジッと見据えられ、さらに顔が熱くなった。 「アキさんの方が忘れたと思ってた、あの日のこと……」 「忘れる訳ないじゃん。まひろ可愛かったもん」 「か、かわいいって……っ!」 「ふふ、顔赤すぎ」  動揺する俺にクスクス楽しそうに肩を揺らすアキさん。  でも俺が恥ずかしさから口籠ってしまうと、あの刺さるような視線は簡単に外されて。 「……っ、」  髪も乾かし終えたらしく、俺に興味を失ったように立ち上がろうとするアキさん。思い出すのは待機所での素っ気ない態度。まるでおもちゃに飽きた子どもみたいに、  なんで、そんなの、やだ、 「っ、見て、俺のこと……っ!ちゃんと、見てよ、!」  思い切り叫んだはずの声は情けなく震えていた。それでも驚いて動きを止めたアキさんとやっとまともに視線が絡んで、こらえ切れずに涙が溢れた。 「俺、おれっ、あの日から……っ、アキさんのことばっか考えてる!なのにアキさんっ、俺のことどうでもいいじゃん…!」 「そんなことない。どうでもよかったら家に連れて来ないよ」 「それはっ!あのままびしょ濡れで戻ってたら店に迷惑かかるからでしょ!」 「まひろ、落ち着いて」 「俺、アキさんが俺のこと心配してくれたって思って勘違いして……!ヤったのだって、嬉しくて、忘れられなくて、一人で舞い上がって…!俺、惨めで馬鹿みたいだ……っ!」  耐えきれずにアキさんの腰の辺りに縋るように抱きつけば、ボロボロ溢れる涙がアキさんの服を濡らしていく。  息が詰まって苦しい。胸も苦しい。あの日からずっとずっと苦しい。 「お願いっ、好きじゃなくていい、嫌いでもいいから…っ!俺のこと、見てっ……!どうでもいいの、やだぁッ!」 「まひろ、落ち着いて。息ちゃんと吐いて、」 「しんどいっ、好きなの、ッ!アキさんのことッ、好きすぎて……しんどい……っ!」 「まひろ。息吐いて、」 「ッ、ハァ……、ッ、うぁ…、」  息が詰まる感覚が急に酷くなり、気付いた時には呼吸が思うように出来なくなっていた。息の吸い方も吐き方も、呼吸の仕方を忘れてしまったみたいで。  過呼吸。言葉だけ知っている、自分とは無縁のソレ。  視界も涙でぐちゃぐちゃで、苦しくて、突然訪れた訳のわからない恐怖に体がガタガタと震え出す。 「ッ、いき、ッ……!ハっ……はッ、」 「まひろ。大丈夫だよ。落ち着いて」 「うァ、っ……く、るし…、ッ、アキ…、アキさんッ……、」  縋り付くように伸ばした手を優しく引かれる。  ふわり、アキさんの香水の香り。  完全にパニックになった俺を、アキさんが優しく抱きしめていた。 「まひろ。俺の顔見て。一緒にゆっくり息吐こ」 「ンっ、アキさ、ん……はぁッ、」 「上手。いい子だね。ゆっくり、ゆっくり、」 「っ、ん……はぁっ、は、あ……ッ、」  トン、トン、  小さな子どもをあやすみたいに優しく背中を撫でられ、その穏やかなリズムとアキさんの呼吸に合わせてゆっくり息をする。  息を吸って吐く、その当たり前の動作がやっと当たり前に出来るようになった頃には、体の震えもすっかり止まっていた。  大きく息を吸い込んで、胸いっぱいに広がるアキさんの香りにうっとりと目を閉じる。  ふと、その顔を上げられて。 「ッ、ン……、」  唇が重なってまた涙が溢れる。  同情のキス、そんなの、やめて、  そんな俺の考えが伝わったのか、アキさんはくすりと笑みをこぼして、 「俺、まひろのこと好きだよ」 「っ……、なに、嘘……、」 「嘘じゃないよ。大好き。まひろ。すき、」  驚いて固まる俺のことなんか気にせず、アキさんは猫みたいに俺の胸にぐりぐりと頭を擦り付ける。その可愛い姿にまた壊れた性欲スイッチが入りかけるが、今までの素っ気ない態度を思い出して慌ててその頭を引き剥がす。 「ま、待って!だってアキさん俺のことどうでもいいみたいに、冷たくしてたじゃん!」 「だからそれしてないよ。俺はいつも通りなのに、まひろの被害妄想だよ。そもそも俺らまともに絡んだのだってあの日だけなんだから、元々そんな距離感だったじゃん」 「あ……、」  『お前ら仲良かったっけ?』  待機所で訝しむように向けられたスタッフの言葉を思い出す。 「待って……俺暴走してた……まじで恥ずかしい……」 「あー、顔隠さないでよ」 「ッ、ん……んむ、ッ」  熱くなった顔を覆った両手はすぐに開かれ、無防備になった唇にまたキスを落とされる。  まつ毛なが、鼻の高さえぐ、肌綺麗すぎて彫刻みたい、やば、ビジュやばい、  離れていくアキさんの顔を眺めていると、叱るように舌を絡められ、 「こら、集中して」 「っあ、んアぁ……っ」  キスだけでゆるゆる立ち上がりかけているソレをするりと撫でられ、今度こそあの壊れた性欲スイッチが入ったのが分かった。

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