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第4話

 受験を目前に控えた兄。自分と同じ大学を志望している兄の勉強を、夜遅くまで見ている蒼矢。  二人は雪のちらつく中で、お互いの頬をお互いの手で包みあって温めていた。  そして、じゃれ合うようにキスをする。  小学生の僕でもそれは男女でするものだというイメージはあった。それでも、男同士で可笑しいとか気持ち悪いとは思えなかった。  僕の目にその光景は、酷く清らかで尊く美しいもののように映った。  この光景は十年以上経った今でも忘れられず、僕の心の中に宝物のように居続けている。  二人がそんなふうに触れ合っているを見たのはその時だけで、普段は友だち、また先輩後輩のように接していた。でもほんの些細な仕草や眼差しで、お互いへの愛を感じることがあった。  そんな二人に別れの時が来た。  それは兄が二十歳になってまもなく、そして、僕が十歳になるその日。  兄・行帆はこの世から去った。  兄の遺影を前にして一筋の涙を流す蒼矢にーー僕は恋をした。まるで兄の想いを受け継いだかのように。  それは僕を苦しめた。  だから、兄が亡くなった後彼を見掛けることが余りなくなったのは、淋しいよりも心が楽になれる部分のが大きかったのだ。   『行帆に似てきた』という言葉が僕を苦しめ哀しくさせるのに、それでも僕は兄と同じ道を歩んでしまっている。  K大学芸術学部は兄の母校でもあった。  同じ大学に入学して、陽翔の家に下宿させて貰い、まさかそこでもう何年も会っていない蒼矢と再会することになるとは。  蒼矢もこの桜の森に居を構え、『風緑』の常連客になっていたのだ。  まるで会っていなかった時間などなかったかのように。兄が亡くなる前の続きのように。  蒼矢は僕に接して来た。  でも僕にとってはそうじゃない。  蒼矢はあの頃よりもずっと大人で格好いい一人の男性だ。  僕の恋心は再燃した。  しかし、それを伝えることはけしてないだろうし、あってはならないのだ。 * *  昨日見掛けない男性が立っていた桜の大木の下に、今日は友人がいた。友人は桜の太い幹に抱きつくように両腕を回し、ざわざわとさざめく桜の花を仰ぎ見ていた。やや強い風が吹いていて、花弁(はなびら)がしきりと彼に降り注いでいる。 (桜に話しかけているみたいだ……なんか……人間離れした光景だよな……)  しばらく見惚れてから徐ろに声を掛ける。 「(いのり)」  彼はぱっと木から腕を解いて振り返った。 「あ、歩ぅ〜」 (あ、人間に戻った)  さっきまでとの印象の違いはまさにそんな感じ。 「あれ?」  僕の顔を見て不思議そうな声を上げる。 「何?」  背丈が同じくらいだから、当然同じ位置に顔がある。  ショートボブの艷やかな黒髪。透けるような白い肌に赤い唇。どことなく日本人形を思わせるような綺麗な顔が、ちょっと照れちゃうくらいに間近にあった。 「んんん?ーーなんか、昨日までと違う気が」  
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