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第5話

 目を見開いて僕の目を見ている。そこから僕の内側全部を覗き込まれている感じがした。  そうだ。初めて会った日もこんなふうに瞳の奥を見られたのだ。  神奈木(かんなぎ)祈に出会ったのは丁度一年前ーーK大学芸術学部の入学式の日だった。入学式を終え『風緑』に帰る為に北門に向かった。兄の時には母が入学式について来たらしいが、同じ大学に来るのは辛かろうと思い断った。高校と違って親が来る家庭は半数程のように見えた。  僕は見事な桜の大木に目を止めた。立ち止まって、ざわざわと騒めく桜花を仰ぐ。 「すご……っ。一本だけなのに、圧巻」  思わず口をついてしまう賛美。その下に小さな鳥居を見つけた。 「なんで、こんなところに」  しげしげと見ていると。 「そんなに見ていると取り込まれちゃうよ」   背後から声がした。振り返ると同じように新しいスーツに身を包んだ男が立っていた。新入生だろう。  艷やかな黒髪。透けるような白い肌。日本人形を思わせるような美形だった。誰もがはっと見惚れるに違いない。 「さっき入学式で見掛けてから気になって、追いかけて来ちゃった」 「え?」  僕? という意味を示す為に自分を指さすと彼は首を縦に振った。  僕の何が気になったのか不思議に思っていると、彼はぐっと顔を近づけて目を覗き込んで来る。 「な、なに?」  驚いて一歩下がる。 「きみ……もしかして、霊とか見ちゃう系の人?」 「…………」  彼の問いに僕は戸惑った。  確かに僕は子どもの頃そう言った(たぐい)のモノを見る性質(たち)だった。しかしいつからか、気づけば全く見えなくなっていて、きっとそういうもなは成長と共になくなっていくのだろうとそれ程気にもしなかった。  まだ幼い頃、誰彼構わずそのことを言っていたが、気味悪がられるか嘘つき呼ばわりされるので言うのを止めた。両親にさえも言わなくなり、兄にだけこっそり話していたのだ。  それを初対面の人間に言うことはないだろう。そう思ったのに。本当のことを言わせる雰囲気が彼にはあった。 「……子どもの頃に。今は見えないけど」  多くは語らずさっさと立ち去ってしまおうと思った。 「ああ、今は眠ってる感じか〜。おれ、神奈木祈、よろしく」  さっと手を出される。謎の言葉といきなりの自己紹介。いつまで経っても手を出さない僕の手を勝手に握る。 「心配するな、おれも同類だから」  神奈木祈は、美形だがかなりの不思議ちゃんだった。  K大学から程近くに『桜の森公園』というところがある。春の浅い時期から順番に様々な種類の桜が咲き乱れる。桜の森公園の敷地の奥には、一見公園の続きのように見える森があり、そこに植わっている木もほぼ桜だった。その森の中にひっそりと『桜守(さくらのもり)神社』はあった。  祈の叔父が神主をしている。祈はK大学に通う為にその神社の住居スペースに下宿させて貰っているのだという。  
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