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第7話

 祈の傍らに高身長で体格の良い男が立っている。 「誰だろう」  遠目で顔の判別がつかない。  A棟のガラスの扉を開けると。 「あれ?」  僕は頭を捻った。 「歩おはよう」  祈が気づいて声をかけてくる。僕は小走りに彼に近づいた。  彼はエスカレーター付近にいて、目の前の白い壁には彼の作品が飾られている。  F二十五号サイズ。水彩画にしては大きめサイズだ。  題材は桜だ。見事な一本桜。後ろには霞むように連なる桜の山々。  祈は優秀で一年の最初からこの展示ホールに作品が飾られていた。油絵、水彩、水墨、イラスト、どの分野でも必ず桜が描かれている。桜への執着が感じられる。  ちょっと、怖いくらいに。  僕は常にそう思っていた。 「おはよう。ねぇ今誰か傍にいなかった?」 「え?」  ちょっと吃驚したような顔をしたがすぐに笑顔になる。 「誰もいないよ、オレ一人だよ。あー誰か通りすがったかも知れないけど」 (え……でも、今の今までずっといたような気がしたけど……) 「それより、始まっちゃう。早く行こ」 「あ、うん」  外部公開もするA棟にだけ設置されているエスカレーターに、祈は既に一歩を踏み出していた。釈然としないものはあったが、祈の作品の前を通り抜けその後を追う。 (あれ……)  ずっと目の端に入っていた。エスカレーターに乗ってから絵を振り返る。 「祈、あの絵人物描いてたっけ?」  五段先にいる彼を見上げる。 「あの絵?」 「そこに展示されている桜の絵だよ」 「……描いてないよ」  やや間を置いての答えに、確かに製作時から度々見ていた作品だが人物は(えが)かれていなかったと改めて思う。 (……でも、今……) 「桜の陰に鬼みたいに角が生えた男の人が……」  確かめようにももう遥か後方だ。わざわざ戻っても、やはり見間違いだったという可能性もある。  独り言のように漏れた呟きが聞こえていたのか、いないのか。うふふと祈はいやに楽しげな笑いを零した。  A棟三階。二百人程入れる階段状のホールはほぼ満杯だった。僕らは一番後ろの列の端にある二つ並んで空いている席にどうにか座った。 「やけに女子多くない?」  自分たちの周りもホール内を見渡しても女子率が高い。 「だって、ほら」  と祈が顎で壇上を示す。 「Bird Entertainmentの社長さん、若くてイケメンだって噂だよ」  見れば前方は女子で埋め尽くされていた。 「なるほど」  マイクを持ち今まさに講演を始めようとしているスーツを着た男。正直ここからでは顔の細かい造作はわからない。  それなのに。 「あれ……あの人」 「ん? なに?」  メディアで見たとかではない。Bird Entertainmentがゲーム会社であること以外は良く知らないし、ましてや社長の顔なんて知るはずもない。 「……一昨日、桜の木の下で……」     

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