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第8話
出逢った一瞬、時が止まったような気がした。
それからびりっと背筋に電流が走ったような感覚がして……。
「あの人……人間だよね?」
祈に訊ねたというわけでもなかった。自分の中の問いが声に出てしまったのだ。
「うん、人間だよ」
聞き留めた祈が答える。普通だったら『人間に決まっている』という意味で答えるだろう。しかし、祈の場合は僕の言葉を『人間』か『人間ならざるモノ』かと問うたことをきちんと踏まえての答えなのだとわかる。
「だよね」
「なんで?」
「出逢った時に、僕がまだ見えてた頃の感覚がしたから」
「うーん、そうかぁ」
祈は僕と壇上の男を見比べて真剣に考えてくれているみたいだった。
(なんか、胸がざわざわする……)
それと共に自分の周りの空気が冷たくなったような気がする。僕は知らず知らず、腕を交差して自分の両腕を抱いた。
「この部屋なんか異様に寒くない? 冷房でも入ってるのかな」
「寒い? そんなことないけど」
祈の言葉が遠くで聞こえる。
『あの男』が話している内容なんかまるで頭に入って来ない。でも僕は『あの男』を凝視していた。
「……なんで、また現れたんだ……」
ーー僕は僕の口から出てきた言葉の意味さえわからなかった。
* *
「あゆむ〜」
耳元で声がした。はっと気がつくと、ホールにはちらほら人がいる程度になっている。
「あれ? 講演は?」
「とっくに終わってるよ。何回も呼んだけど? 目開けたまま、寝てるのかと思ったよ」
呆れたように笑う。
「……ごめん、なんかぼーっとしてた」
ゆっくり立ち上がる。
自分でもよくわからなかった。何か考えていたようにも思えるし、何も考えていなかった気もする。ただ時間だけが溶けていた。
祈と並んで歩き、下りのエスカレーターに向かう。
「この後どうする?」
「ん〜また作業の続きしようかな……」
まだぼんやりしていて思考が定まらない。
「ねぇ、これからおれんち来ない?」
「祈の家? 桜守神社?」
また唐突なお誘いだなと頭の隅で考える。
「うちでお昼食べようよ」
「え? そんな突然」
「大丈夫、大丈夫。たぶん、叔父さんがなんか用意してくれてると思うから」
(叔父さん……神主してるとかっていう。そう言えば叔父さんの話をちらっと聞いたくらいであとの家族構成とか聞いたことなかったな)
下りエスカレーターは上りとは逆の位置に到着し、祈の作品の前は通らなかった。
(……結局アレってなんだったんだろう。本当に僕の見間違いだったのかな)
朝見た絵を思い返す、桜の木の陰にこちらを覗くように立っていた、鬼のような男。
(……角が片方途中で折れてみたいな)
ちらっと目の端で映っただけなのに、思い返すと奇妙なくらい鮮明だった。
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