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第9話
桜の森公園は二月上旬から四月半ばくらいまで何種類もの桜が次々と花を咲かせる。それは見事な風景だが、この土地自体が地味なせいか特に外から見に来るということもなく、地元民のみがその桜を愛でている。
平日の昼間であればいるのはお年寄りか小さな子どもを連れた母親くらいだろう。
昨年桜の森に越して来てから自転車で周辺を回った。この公園にも来たことがある。丁度桜の時期だ。
「わぁ……」
何度見ても溜息の出る光景だった。
だけど、昨年とは何かが違う。
気配が。
空気が。
ざわざわとさざめく花たちの間からくすくすと笑い声のようなものが微かに聞こえるような。
今ここにいる数人の人たちの声ではない、話し声が。
「歩、こっち」
祈に声を掛けられ現実に戻った。
「あ、うん」
「どうしたの?」
「なんか圧倒されちゃって。去年もこの公園来たんだけど、その時とは何かが違うような気がして」
祈の隣を歩きながら今感じたことを話す。漠然としていてわからないだろうと思うのに祈はそれを僕の言いたいことを感じ取ったようだ。
「ふぅん……じゃあ、これから行くところにはもっと圧倒されちゃうよ、こんなもんじゃないから」
妖しい笑みにどきっとした。
公園はそのままその奥の森へと続く。こちら側には柵もないのに一変して『公園の外に出た』あるいは『森の中に入った』という感覚がした。
目に映るのは桜。桜。桜。
(なんだろう……空気が)
圧倒されるなんてものじゃない。拒まれてる。
さっき感じたのとは桁違いの気配が。
辺りを見回しても誰もいないのに。
たくさんの視線を感じるような。
くらりと目眩がするような。
「お前たち、邪魔すんなよ。オレの友だちなんだから」
祈が桜を仰いで言うと少し気配が薄らいだ。
「祈誰に言ってるの?」
「まぁ気にせず」
(気にするよ〜)
僕の友人はやっぱり不思議ちゃんだ。
時間の感覚が狂っているような気がする。
たくさん歩いたのか、たいして歩いていないのか。
ふっと目の前に鳥居が現れた。
神社でよく見る赤い鳥居ではなく乳白色のつるっとした感のある鳥居だった。
(珍しい……何で出来てるんだろう)
僕は押してきた自転車を鳥居の脇に止めた。
石畳の参道。石と石の間には緑の綺麗な苔。参道の脇はやっぱり桜。
目に入ったのは見事な枝垂れ桜。その向こうに社殿。
(なんて煌びやかな)
と思ったのは一瞬で僕はごしごしと目を擦った。
「あれ?」
「どうしたの?」
「え、今、この社殿が……ううん、何でもない」
それ程大きくはない。木で作られた、どちらかといえばやや朽ちた感のある社殿だった。
くすっと祈の笑い声が聞こえた。
「お帰り、祈」
祈のものとは別な声がしてびくびくっと僕の身体が跳ねる。
「ただいま、友だち連れて来たよ〜」
背が高く体格の良い白い着物に白い袴の男が、竹箒を持って立っていた。
(えっ今いたっけ?)
その男は突然現れたように見えた。
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