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第11話
食事を終えると祈が緑茶を入れてくれて二人で縁側に出た。ちょっと寒いかと座布団と膝掛けも用意してくれる。桜の森の中に入るまではぽかぽか春の陽気だったが重なり合う桜の木が陽射しを充分に届かせていなかった。
「すごいねぇ……自分が住んでいるところの近くにこんなところがあるとは思わなかったよ」
「この辺り、今は『桜の森』っていうだろ」
祈が『桜の森』を指で空中に書く。
「でも大昔は『桜守 』って呼ばれていたんだ」
今度は『桜守』と書く。
「この辺りには大昔桜喰う鬼が住んでいた。やがて近くに里が出来ると鬼は、里に降りて来て悪さをするようになった。そこで里の長は神に仕える一族の処女 を供物として捧げることにした。それは何十年に一度繰り返された――という言い伝えがあるんだよ」
「じゃあ……ここは、その鬼が祀られてるの?」
「いや、ここに祀られるのは供物にされた処女 たちのほうだよ――おれはその神に仕える一族の末裔……ってことになるかもな」
「えっ」
僕は自分の顔がさっと青褪めたのを感じた。それを見ていた祈が慌てて手をぱたぱたと振る。
「単なる伝説だから。今そんなのあるわけないじゃん。鬼なんかいないし」
「だよね」
と言いながらも、僕の目は実はずっと祈の胸元に下っている首飾りを見ていた。それは今までも何度か見掛けている物なのに今日は凄く気になってしまっていた。細い革の紐につるっとした乳白色の象牙みたいな飾りがついている。
僕の頭に浮かんだのは、あの絵の中に見えた鬼。片方の角が折れていた……あの時はっきり見えなかった筈の姿が今何故か鮮明に浮かぶ。青みがかった銀色の少し癖のある長い髪。茶金色の吊り上がった瞳。背の高い美丈夫。
僕の頭の中でその鬼は祈の『叔父』の顔になった。
いやいやと僕は首を横に振る。
(きっとここの雰囲気と今の言い伝えの話に毒されただけだ)
「どうしたの?」
不思議そうに祈が覗き込んでくる。
「なんでもないよ」
僕は誤魔化すように、にっこり笑って祈の入れてくれた緑茶を飲んだ。
* *
四時頃、僕は祈の家を後にした。
「今日もバイトー? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
祈はブーブー言っていたが。
「またおいで」
彼の叔父もそう優しく言って見送ってくれたので、さっき変なことを考えていたのが酷く後ろめたく思えた。
不思議なことに来る時は酷く時間がかかったような気がしたのに、帰りは一瞬で公園まで辿りついたような気がした。
公園を出ると自転車に乗って急いで『風緑』に向かった。
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