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第12話

 いつも通り支度を整えホールを覗く。店内もやはりいつも通り。主婦層、大学生のグループ、お一人様。  そして、カウンターには。 (蒼矢さんまた来てる)  苦笑い。会えるのが嬉しいような、胸が苦しくて会いたくないような。 (あれ)  ここで一ついつもと違うことに気づいた。  蒼矢の手前の席に座っている男。別にいつも蒼矢だけがカウンターに座っているわけじゃない。ただどうやら二人は知り合いのようなのだ。手前の男は蒼矢に身体を向けて二人でカウンターの上に置かれた何かを見ている。僕からは見えるの背中だけで男の顔はわからない。  それだけじゃなかった。陽翔までカウンターの向こう側に立って話に混ざっている。 (三人とも知り合い?)  この一年客同士の交流として以外では見たことがなかった。その場合こんな親しげな感じではない。 (なんか、そういう雰囲気じゃ) 「あゆ」 「歩」  蒼矢と僕に気がついて声を掛けてくる。 「いらっしゃいませ、蒼矢さん。今日もお暇なようですね」  いつも通りに声を掛ける。 「そんなことはないよ。今日は仕事の打ち合わせ」 「仕事?」  手前の男がやっと振り返る。 「あ……」  それは意外な人物だった。 『Bird Entertainment』社長、鳥飼涼介。 「Bird Entertainmentの……」  そして、あの桜の下にいた男。  またぴりぴりと全身に細かい電流のようなものを感じる。  値踏みするように僕を見ていた顔に儀礼的な笑みが浮かぶ。 「私を知ってるか?」  僕が明らかにかなり年下な為か、フレンドリーというよりは何処か不遜な物言いだった。 「あ、今日講演会を……」  何故だか動揺してきちんとした受け答えが出来ない。 「あ、K大学の学生か」  あの講演会は、特別講義の学生を呼び込む為のもので一般公開されているものではなかった。僕がK大学の学生だということは自ずと知れること。 「はい」 「蒼矢の知り合い?」 (蒼矢……)  鳥飼は僕にではなく蒼矢を振り返って訊ねた。 「鳥飼先輩が覚えているかわからないけど、陽翔の従弟の花邑行帆――彼の弟です」 「ああ覚えているよ。そうか、彼の弟……」  痛ましげな表情の中に一瞬刺すような眼差しを見たような気がした。 (先輩? 兄ちゃんのことを知ってる?)  自分の脳裏にフラッシュバックのように浮かんでは消える。  蒼矢、陽翔、行帆。三人の他にニ、三度混ざっていた別の人物。通夜の焼香の列にも並んでいた。  今の今まで思い出さなかった。  自分の内で、自分の意識とは関係なく沸々と沸き上がるような怒りを感じた。 「……まだ一緒に……」  口の中で呟く。  これは誰の言葉だろうか。  ぐらりと目の前が揺らぐような感覚がした。      
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