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第13話
「……蒼くん……」
涙が一筋蟀谷 へと流れたような気がした。なんで横に流れてるのかなどとぼんやり考えて、やっと自分が何処かで寝ていることに気づいた。
(あれ……なんで……?)
目を開ければ、風緑の住居スペースの、見知った自分の部屋だった。
背中側に人の気配を感じてごろんと寝返りを打つ。ローテーブルを挟んでチェストのほうを見ている誰かの背中。
(蒼矢さん……?)
ちょうど彼の身体で見えないところには写真立てがある。
兄・行帆の。
どんな想いで兄の写真を見ているのか。
彼にとって兄は過去か。それともあの頃と変わらず恋人として想っているのか。
僕は後者なのではないかと思っている。この一年まったく恋人の陰がなかった。たいして似てもいない僕の中から、行帆に似ている部分を探そうとする視線を度々感じる。
気の所為や思い違いといえばそれまでだけど。
でも僕にはそう思えて仕方ない。
ずっと兄を想い続けている彼を見るのは辛くもあり、その反面ずっと想い続けてほしいという複雑な想いが僕の中にはあった。
あの幸せそうな。
綺麗で尊い光景はずっと大切に僕の胸の中にある。
もし彼に兄以上に想う相手ができたなら……僕の中の何かが崩れ去ってしまいそうな気がする。
僕はベッドの上でゆっくりと身体を起こした。
その気配で蒼矢が気づいたのか、パタンと写真立てを伏せ振り返る。
そうなのだ。
写真立ては伏せてあった。
兄の死を未だに受け止め切れないのと、兄の恋人を想う申し訳なさ。兄を大事に思っているけど、見ていると辛い。だから伏せてある。
やはり彼は兄の写真を見ていたのだ。
最初は伏せてある写真立てを不思議に思ったのかも知れない。何の気もなしに見てみたら――行帆の写真だった。そんなところだろう。
彼は哀しく思ったろうか。
「蒼矢さん……」
「あゆ、具合いはどう?」
その前に何を思っていたかなどわからないような心配げな顔で、ローテーブルを避け僕に近づいて来る。
「僕……どうしたんですか」
「急に倒れたんだよ」
まったく記憶になかった。ただその直前にぐらりと周りが歪んだ気がしたのを思い出した。
「倒れた……蒼矢さんが僕を運んで?」
「そうだよ。お姫様抱っこしてね」
僕が大丈夫そうなのにほっとしたのか、軽い口調で言った。
「お姫様だっこっ?!」
(なんだ、それっ。恥ずかし過ぎるだろ〜〜っっ)
顔が急にかっと熱くなる。
「あゆ、ちゃんと食べてる? 軽過ぎて心配になるよ」
僕の肩に手を置き、少し屈むようにして顔を覗き込んでくる。
(ち、近いっ)
そう言えばこの一年毎日のように顔を合わせるけど、店内でしか会っていないせいかこんな近くに蒼矢を感じたことはなかった。
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