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第16話
「いや、俺ももう少し傍に」
「蒼矢さんは打ち合わせ中でしょ。大事な依頼人 お待たせしちゃ駄目ですよ」
蒼矢の言葉に被せて一気に畳み掛けながら、手で彼の胸を押した。
(もう、帰ってるかも知れないけど)
「もう帰ってるかも知れないだろ」
僕も思ってることを蒼矢が口にした。あれから時間は経ってしまっている。その可能性も高い。
「待ってるかも知れないじゃないですか! とにかく蒼矢さんは下に行って」
「……わかった。じゃああゆはちゃんと休むんだよ」
「は〜い」
少し淋しげな顔をして部屋を出て行った。
「……余り近くにいちゃいけないんだ……」
手の甲が白くなるほどぎゅっと布団を掴んだ。僕はもう一度ベッドに横になり、布団を頭まで被った。
* *
履修登録が済み本格的に授業が始まった。
一年の頃と違い、専攻の別れた祈とは授業が被ることはほとんどなかった。それでも昼休みや空いた時間にはなんとなく一緒にいたりする。
「歩、鳥飼さんの講義結局取ったんだ」
学食のテラスでミルクたっぷりの珈琲を啜りながら意外そうに言った。祈には取るかどうか悩んでいると口にしたことがある。
「うん」
「意外!」
「そう? でも鳥飼さん在学中もグラフィックとかイラストの授業を主に取ってたみたいだし」
専攻として振り分けられてたのは彼の卒業後のようだった。
「イラストレーション専攻の僕としては興味あるところでしょ。それに――蒼矢さんの先輩で、仕事も一緒にしてるらしいし……」
後半は独り言気味だったが近くにいた祈には勿論聞こえていた。
「イラストレーターの月城蒼矢! 歩の従兄の友だちで昔遊んだことのあるお兄さん!」
そのことも祈にちらっと言ったことがあるが、改めて言われると何だか恥ずかしい気持ちになる。
「祈、トーン落として」
それにここは芸術学部だ。絵関係の有名人の話題は学生たちも敏感だ。
「あ、ごめん」
祈も察して辺りを見回すが近くには学生はいないのでほっとした顔になった。
「ふ〜ん、そっか二人は先輩後輩なんだ」
祈はじっと僕の顔を見て、
「おれも一緒に取れれば良かったんだけど、必修と被ってたしなぁ」
何故か心底心配な表情をする。
「なに? 大丈夫だよ、僕一人で」
心配の理由が良くわからないが安心させるように笑顔を見せる。
「え……でも……あ……けど……講義受けるくらいなら何も起こらないか……なぁ……」
一人で納得するようにもごもご言った。そんな祈を見て僕は首を傾げる。
(何がそんなに気にかかるんだろう)
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