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第17話
「あ」
下を向いてぶつくさ言っていた祈が顔を上げて小さな声を漏らした。それから僕に顔を近づける。
「噂をすれば、だ」
「なに?」
祈は僕の後方を見ていて僕も彼の視線の先を振り返った。
「あ」
同じように声が出てしまい、しかも『本人』にそれを見られてしまった。
彼はこちらに近づきながらにこりと微笑む。
鳥飼涼介。
今日も上質のスーツ姿で登場した。
蒼矢よりも少し背が高いようだ。精悍な身体つきの蒼矢に対して、鳥飼は細身でひょろっとした感じだ。顔は面長で顎が尖っている。全体的に神経質そうな印象だ。笑っていても本心ではないような気がする。
「きみ……風見の店で会った……花邑くんの……」
「はい。花邑歩です」
(風見……って呼ぶんだ、陽ちゃんのことは。蒼矢さんのことは確か蒼矢って呼んでた……蒼矢さんとのほうが仲が良い?)
漠然とそう思った。
しかし、それより何よりさっきから肌がぴりぴり痛いし、何だか心臓がばくばくするのが気になっている。
「私の講義の名簿ちらっと見たけど、きみも取ってくれたんだね」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ。受けて良かったという講義に――」
「いたたたたっ」
「えっ?」
鳥飼が話をしてる最中に突然祈が声を上げ、僕らは驚いて祈を見た。
祈はぎゅっと目を瞑って両手で両方の蟀谷を押さえている。
「祈、どうしたのっ」
「きみ大丈夫か」
同時に声をかける。
「……だ、大丈夫なので。あの、行ってくださっていいので」
鳥飼が咄嗟に祈のほうに伸ばした手を弱々しく払う仕草をした。その言葉も丁寧に言っていたとしても明らかに拒絶。
鳥飼が一瞬だけ眉間に皺を寄せた。しかしそこは大人だ。
「そう? 体調悪いようだったら病院行きなさい」
何もなかったような顔で言った。
「では、花邑くん。講義の時に」
「はい」
鳥飼が立ち去ってしばらくして。
「あ〜やっと楽になった」
温くなった珈琲を一口啜る。
「どうしたの? 大丈夫?」
改めて彼を気遣った。
「うん。もう平気――歩も痛かったんじゃないの?」
その言葉にどきっとした。
確かにその通りだ。
「……でも、なんで……」
「ん〜」
祈はその質問には答えずじっと僕を見つめた。
「歳の頃は二十歳前後、背丈は歩よりちょっと高いかな? 細身で、ふんわりとした癖のある髪。左目の目元に泣きぼくろが二つある、儚そうな男の人」
「え」
唐突に何の脈略もない言葉の羅列。
でも思い浮かんだのは――兄の行帆。
「心当たりは?」
「うん……兄の特徴に似てる……」
他の人間から言われたら素直に答えなかったかも知れない。しかし、そこは祈だ。不思議ちゃんだけど信用出来るし、普通の人にはない力を持っている。
『普通の人にはない力』それを信じられるのも僕自身も過去に普通ではない力があったからだ。
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