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第19話

* *  鳥飼涼介。週一回の特別講義二回目。  興味のない話ではない。大学時代のことや学生時代に作ったアプリがバズったこと、Bird Entertainmentの立ち上げの話。  なのに何故か講義が始まるとだんだんとぼんやりとしてきてしまうんだ。  なるべく近づくなという祈の言葉は勿論、自分自身も身体に痛みを伴う為、毎回一番後ろの席の一番端に座ろうと決めていた。前のほうは女子で埋め尽くすされているので入ることも出来ないんだけど。  ふと気がつくと講義が行われたA棟三階小ホール近くの個室の前にいた。  扉にあるネームプレートには『鳥飼涼介様』と書かれている。 「なんでこんなところに……」  いつの間にか講義も終わってぼんやりしたままここまで来てしまったような気がする。まるで霧の中にいるみたいにはっきりとしない。  とにかくこんなところには用もないので、くるっと回れ右をした。 「あ……」  運の悪いことに振り向いた先にこの部屋の主がいた。 「花邑くん、どうしたんだい? 私に何か用かな?」  軽く嘘くさそうな笑みを浮かべている。すっかり顔は覚えられてしまったようだ。 (何か用……それは僕が聞きたいよ。なんでこんなところにいるんだ)  そんなことを言えば可笑しいと思われるのに違いなく、「いえ、何でもありません」と言って立ち去ろうとした。  それなのに。僕の口は。 「はい。今日の講義のお話もう少し聞かせて貰えたらと思いまして」  何処から声が出てるのかと思うような普段と違う声音だ。 (何言っちゃってるの、僕) 「あの、突然来てしまってすみませんっ。断ってくださっても構わないのでっ」  こっちがいつもの僕。 (どうか、断ってください)  心の中で祈る。だいたい講義もほとんど聞いてないのに、何を聞きたいのかさえわかる筈もない。  しかし願いも虚しく、少し考えた後彼は、 「少しの間ならいいよ」  と快く頷いてくれた。 (えーん)  泣きたい気持ちになった。 「このあと社のほうに戻らなきゃいけないからそれまでなら」  鳥飼はカードキーでドアのロックを外しドア開けると「どうぞ」と言って先に僕を通してくれた。僕が女子なら飛び上がって喜んでしまうくらい紳士的対応だ。  心の中では困り果てていたのに、身体は吸い込まれるようにして室内に入って行った。 「そろそろ時間かな」  鳥飼がスマホで時間を確認する。 「ありがとうございました。とても勉強になりました」  そう言ったが実はどんな話をしたのか覚えていない。時間が過ぎて行った感覚もなく、鳥飼が「そろそろ時間かな」と言った時に、弾けるように時間が流れ始めたのだ。
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