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第20話

(何も覚えていないなんて言えないけど)  気持ちはもの凄く気不味い。でも顔には出さないように細心の注意を払う。椅子から立ち上がって、 「ありがとうございました。失礼します」 ともう一度礼を言う。  なるべく早く外に出てしまいたい。 「きみ……」  それなのに鳥飼に引き止められた。 「なんか、面白いね」 「え?」 (なんか僕面白いことしたの?)  内心めちゃくちゃ動揺する。 「風緑とかこの間会った時とはちょっと雰囲気が違うっていうか……そうだな、きみのお兄さんに良く似た雰囲気かな……」 「兄に? 似てませんよ全然」  心臓にちくんと小さな小さな棘くらいに冷たい何かが刺さった。 「あ、うん。今は違うかな」 「???」  言わんとすることが全くわからない。 「良かったらまた話をしよう」  たぶん社交辞令だろう。僕も社交辞令的に返事をした。 「はい、是非」  気持ちは走って部屋を飛び出したいくらいだったが、落ち着いた足取りでドアの前まで行き、もう一度会釈して部屋を出た。  パタン……目の前で静かにドアが閉まると、バタバタ駆け出した。 (ぜったい、もう行かない〜〜) * *  カフェ『風緑』の閉店は二十一時。  住宅街と大学しかないここはそれ以降の需要は余りない。  看板を店内に仕舞うと、カウンター席に三人分の賄いが並べられている。僕、陽翔、陽翔の妻・乃々花(ののか)。スタッフはこれで全部。元々二人でやっていて足りていた店に、僕が無理矢理手伝わせて貰っているようなもので、バイト代もいらないくらいなのにちゃんと『アルバイト』として雇う形にしてくれたのだ。  乃々花は陶芸をやっていて、作った作品を店内で販売している。僕が入っている間に作業ができると喜んでくれている。  粗方片付けが終わり最後の片付けは二人がして、僕はいつも先に風呂に入らせて貰っている。本当に至り尽くせりで申し訳ないくらいだ。  風呂から出て寝る準備を整えると僕は二階の自室に戻った。もうすぐ二十二時半になろうとしていた。  スマホを確認する。 「あれ」  何回か着信が入っていて、どれも母親からだ。出ないので諦めたのか、ラインにメッセージが入っていた。 『三十日家に帰って来る?』  それ見た途端心臓が変な音を立てた。  三十日は僕の誕生日。そして兄行帆の命日だ。  電話しようか悩んだが、とりあえずラインで返信することにした。 『うん。帰るよ』    簡潔な文章で返信を送る。  すぐに既読になったかと思うと着信音が鳴る。  どくどくと激しく心臓が波打つ。別に悪いことをしている子どもでもないのに、親からの電話がこんなに怖いなんて。  でも見ているのがわかっているのに出ないわけにはいかなかった。    「はい……」

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