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第27話

 一年振りの我が家だ。  帰って来たなという気持ちよりも居辛いという気持ちのほうが大きい。  仏壇に手を合わせる。兄が柔らかく微笑んでいた。 (兄ちゃん……ただいま……)  僕の後に蒼矢が手を合わせた。実際には一分もかかっていないと思うのに酷く長く感じた。今も墓前でも、蒼矢は兄に何を話しかけているのだろう。  こんな優良物件のイケメンがずっと恋人もいないのはやはり未だに兄のことを想っているからだろうか。きゅっと胸が痛んだ。  リビングのソファーに蒼矢と並んで腰をかける。  出された紅茶も一口飲んだきり。たいして話もしないうちから。 「じゃあそろそろ帰るね」  僕が「帰る」と言ったら母は少し悲しそうな顔をした。本当の家はここだ。ここに帰る時こそ『帰る』と使うべきなのに。僕がもうここが家ではないと思っているのかと、母には感じられたのかも知れない。 「もうお昼だし、用意するから食べていかない?」  リビングの壁掛け時計を見ると確かにもう十二時を過ぎていた。 「いいよ。僕、バイトあるから。なるべく早く帰らないと」 「……そう? それじゃあ仕方ないわね。またゆっくり来なさいよ」  バイトがあると言うのは嘘だ。今日は一日休みを貰っている。 「うん。また」  僕は後ろめたい気持ちでそう答えた。  両親は外まで見送りに出てきた。 「蒼矢くんもまたいらっしゃいね。歩のことよろしくお願いします」  「任せてください」  蒼矢は気を遣ったのか先に車に乗り込んだ。そんな気遣いも虚しく僕はすぐに 「じゃ、行くね」  と言って助手席のドアに手をかけた。 「歩」  母の声が引き止める。 「お誕生日おめでとう」  誕生日を自宅で祝わせない息子にせめて言葉だけでもと思ったのかも知れない。 「うん。ありがと」  一瞬だけ振り返って礼を言った。 「あゆむ……っっ。本当にそう思ってるんだからね。あなたも大事な息子なんだからっ」  母は涙ぐみながら言う。  母は僕がもうずっと自分の誕生日を心から祝えてないということに気づいているのだろう。今まで言いたくても言えなかったのかも知れない。 「わかってる」  僕の声にも涙が混じった。 (ごめん……僕はまだ祝えないんだ……今年は特に……兄ちゃんの亡くなった歳だから……)  僕が車に乗り込むと蒼矢がゆっくり車を発進させた。後ろを振り返ると遠くに両親の姿がまだ見えていた。 「お腹空いたなぁ。何処かで食べて行こうか」  渋滞に嵌りそうな海岸線を避け、しばらく車を走らせると徐ろに蒼矢が言った。 「蒼矢さん? 今日は何処行っても混んでそうですけど」 「このあと時間あるんだろ。何処かに入ってゆっくり待っててもいいんじゃないか」  蒼矢には僕の吐いた嘘は全部ばれている。 「……蒼矢さんがそう言うなら」  蒼矢の車に乗せて貰い、二人で食事をする。この一年の中で一番蒼矢に近い日になった。こんな日は絶対に来ないと思っていたのに。

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