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第32話
* *
「昨日はすみませんでした……」
気怠げな声が自分の口から零れてくる。
「本当に冷たかったよね……歩くん」
目の前の男が哀しげな顔をしているが、これは本心ではないだろう。
(いったい……ここはどこなんだろう)
乃々花が持ってきてくれたスープを食した後やっぱり体調が良くなくてベッドに寝転んだ。それでうとうとして。
気がついたらここだった。
見たところ高級レストランの個室という感じだ。
目の前には豪勢な食事が並んでいる。
しかし、うぐっと胃液が上がってきてしまい慌てて口を押さえた。
「どうした? 全然手をつけてないけど」
「見てるだけでお腹いっぱいで」
「ワインは? 二十歳 になったんだし」
料理の横にはワイングラスに入った金色の液体が置いてある。
それは更に御免被りたい。
(しばらくお酒は飲みたくないなぁ)
それにしても。
(僕らはいつからこうやって二人切りで食事をする仲になったんだろう)
目の前にいるのはBird Entertainment社長、鳥飼涼介。僕とは期間限定の講師と受講生の仲。鳥飼の後輩である蒼矢を交えてならわかる。
(二人でって……いったいどういうこと……??)
蒼矢が駅前で見たという僕らと良く似た二人連れ。その話が頭に浮かんだ。
(まさかね)
しかしそうとも言いきれない現実がここにあった。最近気がつくと思いも寄らない場所にいたりする。しかも必ずそこには鳥飼が。
「歩くん、どうしたの?」
「いえ……なんでも。ワインもいいです。実は昨日けっこう飲まされてしまって……」
なんだろう。
自分の声が滲んで聞こえる。微妙にトーンの違う二つの声。自分と同じ言葉を重ねて誰が言っているみたいな。
「聞いたよ。きみの誕生日会をやったんだって?」
「誕生日会だなんて二十歳にもなって恥ずかしいです」
「そんなことないだろ。私も呼んでくれれば良かったのに」
そう言いながらも何処か小馬鹿にしているように思えた。彼はワイングラスを片手にくすりと笑った。
「御冗談を。僕たちそんな仲じゃないでしょう」
「冷たいなぁ。こうして二人で食事をする仲にもなったのに」
びくっと身体が震えた。
彼の口振りにこれが初めてではないのかも知れないと思った。
「それなのに昨日もあんなにきつい態度を取ったのは何故だい?」
(何故か?)
それは僕が知りたい。断るにしてもあんな言い方はなかったのではないかと。でも何故か急に腹立たしく思ったのだ。絶対にこの男を家に入れるものかと。
「だって……可笑しいじゃないですか。貴方は蒼矢さんの先輩かも知れない。でも兄とはそんなに親しくはなかったでしょう? それなのに仏壇にお線香ぁなんて。それに僕とも講師と受講生というだけ。それ以上のことは知られたくないでしょう? 特に蒼矢さんには」
何いってるんだろう。すらすらと勝手に言葉が出てくる。
(蒼矢さんに知られたくないってなに?)
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