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第34話
「……っんと気持ちわる……っ」
やっと解放され公園に飛び込むと水道を探しじゃかじゃかと口を洗い流した。口の中だけでなく顔中びしゃびしゃにしている。
やっと水を止め、茶色の小さめショルダーバッグの中からハンカチを出して顔を拭く。このショルダーバッグは誕生日に蒼矢から貰ったものだ。
それを見ていたら悲しくなった。
(僕のファースト・キス……知らないうちにあの人に……それが蒼矢さんだったらどんなに良かったか……)
一生告白することはないと決めていても心の何処かではそうであったらと望んでしまう。
(僕の中の何者か……ひょっとしてそれ以上のことを……)
キスをされている最中に胸の辺りも触られたことを思い出して再び寒気が襲う。両手でその辺りをパタパタと払う。
そんなことをしていると。
「歩〜〜」
僕を呼ぶ声がして驚いて振り返った。
祈が手を振りながらこっちに向かって走って来ていた。
「祈!」
「あゆむぅ〜」
息を切らして目の前までやって来るとぎゅっと抱き締められた。
耳元ではぁはぁ息を整えている。
「祈? どうしたの? こんな時間に散歩?」
さっきちらっと見た車の中の表示は十時近かった。そんな時間に散歩をしている人がいないとは言い切れないけれど。
「違うよ〜家にいたら歩の気配がしたから慌てて出てきた」
「気配……祈凄いなぁ」
祈に抱きつかれているとさっきまでの気持ち悪さが消されていくような気がした。
祈のほうもやっと落ち着いて抱きついていた腕を解いた。それからまじまじと僕の顔を見る。
「歩具合大丈夫なの?」
彼は僕の二日酔いを心配しているのだろう。
「うん、大丈夫だよ」
「そ、そう?」
彼は何かを探すようにきょろきょろと周りを見回した。僕が不思議に思っていると。
「あのさ……鳥飼さんの気配も感じたんだけど……一緒だった?」
彼の心配は二日酔いだけではなかったらしい。
(凄すぎるよ、祈)
僕は少し考え祈に話すことにした。
「実は……お昼ぐらいまで具合悪くてそれでベッドでうとうとしていたんだけど……気づいたら鳥飼さんと食事してた」
「えっ」
やや切れ長の黒曜石のような瞳を目一杯見開く。
「しかもどうやら初めてじゃないらしいんだ……僕は覚えてないんだけど」
車の中で起きた出来事は省略した。
(あんなこと言えるわけない)
「大丈夫っ!? 何もされてない!?」
話を聞きながら顔を蒼くしていたかと思うとガバっと両肩を掴まれる。
「うん。大丈夫大丈夫何もされてないから〜」
「ほんとに〜?」
念を押される。
「ほんとほんと」
僕の目は右上辺りに泳いだ。たぶんバレバレだろうけど祈はそれ以上突っ込まなかった。
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