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第35話
「これ……っ持ってて」
薄手のカーディガンのポケットから出したものを僕の手に握らせる。
何かと思えば。
「お守り?」
うんうんと激しく首を縦に振った。
「え? なんで?」
急にお守りなんか渡されたらそれは驚くだろう。
「ほらっいろいろあるだろっいろいろっ」
いろいろ……なくはないけど。
それに効くお守り?
(いったいどんなお守りだ〜)
貰うとも貰えないとも言えずただ掌の上に乗せて、お守りと祈の顔を交互に見た。
「とにかくっ肌見放さず持っててよ。それで何かあったらそれを握ってオレのこと呼んでくれっ」
「ええーっ」
いったいなんの効果があるというのだろうか。
「じゃ、オレ帰るからっ。歩も気をつけて帰れよ〜」
そう言うとまたバタバタと走り去って行った。
「なんだったんだ? これを渡す為に来たのかな?」
お守りを見詰める。
他の人が言えば胡散臭い感じだが祈が言うとなんとなく信じてしまう。
「とりあえず持っておこうかな――これを握って祈を呼べって? 呼ぶと何が起きるのかな」
思わず笑いが込み上げる。僕はそれを上着のポケットに入れた。
「そう言えばこのスーツ……」
今日行った高級レストランにはドレスコードがありそうな気がする。
「僕こんなスーツ持ってなかった」
今更ながら気づき、それから誰がこれを用意したのかについて考えて狼狽する。
(やっぱり……だよね。流れ的にはそうとしか考えられない)
祈や蒼矢から貰うのとはわけが違う。これをどうしたらいいものかと頭を抱えた。
* *
最近蒼矢の僕に対する扱いが変わったような気がする。
僕の二十歳の誕生日以降だ。
毎日風緑に来るのは変わらない。
『僕に会いに来た』と揶揄い交じりに言うことがなくなった。『お疲れ様』とか『頑張って』とか他愛ない言葉に滲む優しさ、いや優しさは前からあったけど。なんと言ったらいいんだろう。愛しみみたいなものを感じるような気がする。
それに僕を見る目だ。今まで兄を重ねて見ているような気がしていたが、今は少し違う。
何処か熱を感じるような。
(それとも僕の願望……?)
いやいやと首を振る。
僕はけして自分の気持ちを伝えちゃいけないんだ。仮に蒼矢に、昔よく遊んだ恋人の弟への感情以上のものがあったとしても僕はそれを受け取ってはいけない。
(兄ちゃんの為にも……)
しかし、困ったことに最近はよく蒼矢に誘われるのだ。
『遊びに行こう』とか『食事に行こう』とかはたまた『たまには俺の家においで』とか。
(困る……困るんだけど……)
でも何回か誘いに乗ってしまっている。
僕は心の奥底では嬉しく思っている。そして、僕の中の兄(仮)も嬉しがっているのを感じるんだ。
(兄ちゃんは今でも蒼矢さんのことを……(仮)、(仮)だけどね!)
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