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第40話
「それに今……蒼くんって言わなかった?」
蒼矢にも聞こえていたらしい。
「言ってませんよ〜聞き違いじゃないですか?」
どうにか『何言ってるんですか』的な顔を崩さず押し通す。
「……そうだな……俺のことそう呼んでたのは……ゆきだもんな……」
酷く切なげな呟きは僕の心を刺した。
そんな蒼矢を見て、涙を流さず泣いたのは『兄』だろうか、それとも『僕』だろうか。たぶん、二人ともなんだろう。そして僕らが泣いた理由は微妙に違うはず。
「お腹空いたな、食べようか」
今までの切ない顔を隠してそう言うとテーブルに着く。僕も黙って座った。
「何飲む?」
「えっとじゃあ、オレンジジュースを」
たぶん僕の為に選んでくれたのだろう。それを汲んでそう答えた。蒼矢はワゴンに手を伸ばした。グラスも飲み物が混ざらないようにか複数置いてある。僕にはオレンジジュースを、自分にはアイスティーを注いでそれぞれに置いてくれた。
「いただきます」
蒼矢が食べ始めたので僕も「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。
(確かに、これは美味しい!)
『美味しいものを食べさせてあげたい』と蒼矢が言っていただけのことはある。一介の大学生ごときが食べられるような料理ではないなと思った。
それに目の前にいるのは、蒼矢。鳥飼と食事するのとは訳が違う。少し気不味かった気持ちも消え、楽しい時間となった。
他愛ない話をしながら粗方食べ終わる。
途中で蒼矢が連絡をして届けて貰ったデザートだけを残して人心地ついた。飲み物もオレンジジュースからアイスティーに変わっていた。
「兄ちゃんもここに来たことがあるんですか」
特に重大な思惑があったわけでもなく、蒼矢の部屋を見渡しながらなんとなく訊いてみただけだった。
(ここで兄ちゃんとどんなふうに過ごしていたんだろう)
「ああ、そうだな。受験前はここで勉強を教えたり絵のアドバイスしたり、あとは陽翔とも一緒に遊びに来たな」
当たり障りのない答えだと思った。何気なく訊ねた割りにはその答えに何かもやっとしたものを感じる。
(蒼矢さんは僕が二人の関係を知っていることには気づいていないはず。勉強とか関係なく二人っきりで過ごしてました〜なんて言うわけないか。元々は陽ちゃん繋がりだし)
勿論受験勉強をしていたのは本当のことだろう。でもそれだけじゃないに違いない。二人だけの甘い時間もあったんだろう。
僕はまたあの雪の日の光景を思い出した。
そして、何故だか目についたのが部屋の中の広いベッドだ。
僕ももう子どもではない。それに蒼矢のことがずっと好きだった。だから知っているのだ、男同士も愛し合えることを。
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