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第41話
(もしかしたら……あのベッドで……)
ソファーにも目が行く。
(あのソファーで……)
頭の中で映像は結ばなかった。
だけど、今まで綺麗で尊いと思っていた光景は、この部屋に来て二人の時間をリアルに感じることにより、脆く崩れていきそうだった。
「あゆ? 大丈夫?」
僕が沈んだ顔をしているようにでも見えたのかも知れない。蒼矢が心配そうに覗き込んでいる。
僕は首を横に振った。それでも蒼矢はまだ心配そうで。
「具合悪かったら送ってくよ」
「いえ、大丈夫ですっ。このデザートの盛り合わせ美味しそう。いただきますっ」
目一杯明るく言ってフォークを手にした。
実際めちゃくちゃ美味しかったので憂いが消えていくようだった。
(甘いもので気分が上がるってなんか女子っぽいけど)
蒼矢がやっと安心したようで僕自身もほっとした。
膝の上に置いてあったスマホが振動した。
食べる手を止めてちらっと画面を見ると鳥飼からの着信だった。
僕は電話マークをタップして切断した。
浄化されたように綺麗な白のイメージだった兄が再びドス黒い色と化した。
* *
「なんで電話にも出なかったんだ」
ベッドに腰かけている僕の前を鳥飼がイライラと行ったり来たりしている。
いつもなら食事をしてからドライブかホテルというパターンだが、今日はいきなりホテルに連れ込まれた。しかもいつもの高級ホテルではなく山沿いのラブホテルだ。
僕らはホテルに何回か行っているがまだ肉体関係は持っていない。そういう雰囲気になると上手くはぐらかしている。
『僕』ではなく『兄』が。だいたい僕が気づいたら鳥飼といるのだから。
記憶は途中からあるが、話をしているのは自分ではないことが多い。
今も。
「人といたので」
「……蒼矢か」
何の根拠でそう思うのかわからないが、苦々しげに吐き捨てる。
それに対して僕の『口』は酷く冷静だった。冷静というよりもずっと氷のように冷たい。
「言う必要はありません」
兄はこんなに冷たい物言いをする人ではなかった。何が彼をこんなふうにしてしまっているのか。
「だいたい、この間は私のほうの約束が先だったはずだろう。それなのに連絡もせずに」
(そうだったのか……全然知らなかった)
その『約束』は『兄』とだけしたのだろう。その痕跡は何処にもなく僕は気づかなかった。
「貴方との約束よりずっと大切な約束だったので」
(何言ってんだろう、美味しいもの食べに行くのが大事な約束だなんて……)
でもそうかも知れない。『兄』にとって蒼矢と過ごすことほど大事なことはないのかも知れない。
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