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第44話
「あんたは僕のことなんてなんとも想っていない。鳥飼さん、あんたが好きなのは蒼矢さんだ」
兄は繰り返し言った。
「おまえっ」
僕にはそんなに腕力はない。不意をついて相手の首を絞めるもそこまでだった。手首を掴まれた引き剥がされ、そして顔を思いきり殴られた。
「っつう」
(なんで僕、こんな痛い思いばっかり)
なんて泣いてる間もない。僕の身体は素早く鳥飼の身体の下から抜けだした。
「認めない? 何度でも言ってあげるよ。あんたは『おれ』のことなんて好きじゃない。『蒼くん』が好きなんだ」
(あれ……?)
僕の口から零れる言葉が微妙に変わった。その前まで『僕』として喋っていた筈なのに。今は完全に『行帆』だ。それに気づいたのは僕だけじゃない。鳥飼の顔が奇妙なものを見るような表情に変わる。
「おまえ……行帆の真似でもしているつもりか……」
彼にはそう見えるのだろう。まさか僕の中に兄がいるとは想像もできないに違いない。
「……私へのあてつけか」
『行帆』と鳥飼は兄のことを呼んだ。そして『あてつけ』と言う。
(やっぱり二人の間には蒼矢さんが認識している以上の何かがあるんだ)
「真似なんかじゃない、おれは行帆だよ」
あはははと兄が狂ったように笑う。
「やめろっおまえは行帆なんかじゃないっ」
僕は鳥飼に捉えられ床に引き倒される。ガツンと頭に衝撃が加わり、一瞬呼吸が止まるような感覚がした。
「くっ……」
続いて首に圧迫感。さっき兄がしたように鳥飼が両手で僕の首を絞め始めた。彼は僕よりずっと力が強い。彼の手を引っ掻くように藻掻いてもびくともしない。
(くる……しい……っ)
それなのに兄は嗤う。
「またおれを殺すつもり?」
(えっ)
自分の口で言っておきながら耳を疑う。
「なんだとっ!?」
鳥飼も手を止めた。
(それは僕の台詞だ!)
鳥飼が兄の死に関係しているどころではなかった。兄は鳥飼に殺されたのだ。
兄の言葉をそのまま信じるならば、だ。
「あんたは、おれを殺したんだっ」
「黙れっ」
バシンっと頬が鳴る。二度三度と殴られる。僕自身は恐怖と痛みで「痛い」という言葉すら出ない。
「あんたはおれを殺した」
「黙れっ黙れっ黙れっ」
何度も何度も殴られ――――。
* *
目を覚ますと状況は一変していた。
そして、あちこち身体の痛みを感じる。
(何処なんだここ……)
一瞬良くわからなかったがゆっくりと視線を巡らし、一つ一つ確認をする。
(車の中か……)
僕の身体にはシートベルトがつけられていた。フロントガラスが見え助手席に座わらさせられているのがわかった。
目は見えるが手と足は拘束されていて、口も塞がれている。口を塞いでいるのはタオル。足を縛っているのは。
(バスローブの紐? 手は……ええっ!?)
黒いファーの手錠だった。
(なに? ラブホってこんなの置いてあるのっ)
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