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第45話
(なんて、今はそんなことで驚いてる場合じゃないんだけどっ)
ちょっと現実逃避したくなる状況にどうでもいいようなことを考えてしまう。
舗装された道ではないのか車はガタガタと揺れている。灯りに乏しく窓のほうを見ても暗くてよくわからない。
(何処走ってるんだろう……まさか、僕殺されちゃうんじゃ)
『あんたはおれを殺した』
僕の口を通して兄はそう言ったんだ。兄は事故死ではなく鳥飼に殺された。あの言葉が真実なら。
そして鳥飼は、その言葉を僕が言ってると思っているだろう。
つまり。
それは。
僕は兄の死の真相を知っていると、鳥飼に示しているということになる。
だとしたら。
(やっぱり僕も、殺される可能性大だよね……っ)
余り気づきたくない方程式だった。
運転している鳥飼のほうなんて、怖くて振り向くことさえできない。
(鳥飼さん……なんだか、さっきから……)
妙にご機嫌なのだ。横から鼻歌が聞こえてくる。
(こわっ。この状況でなんで鼻歌っ。頭おかしくなった? 猟奇殺人鬼の殺人前ってこんな感じなのかっ?)
僕の頭の中ではすっかり鳥飼が猟奇殺人鬼になってしまっていた。実際は兄の遺体は事故死と思われるほどで猟奇的なところは微塵もなかったのだが。
僕の身体は小刻みに震え、じっとりと変な汗も出ている。
(誰かっ助けてっ兄ちゃん! 兄ちゃん! 兄ちゃぁぁぁん!)
僕の頭の中は煩い。兄に助けを呼んでも自分の中にいるのだから、結局自分で自分を助けるしかないのだが、この状況では兄に言う他はなかった。
しかし。
(あれ?)
僕はそこでふと気がついた。
(もしかして……兄ちゃんいないんじゃ……)
自分の中の兄の存在に気づいてから、彼が表に出ていない時でもなんとなく彼を感じていたのだ。それなのに今はまったく何も感じない。
(ええーっっ今? 今? なんで今いなくなるのーっっ)
途端に心細さ全開になる。例えこうなった原因が兄にあったとしても今の心の支えは兄しかいなかった。その兄さえもいなくなってしまったのだ。
「うぅ……」
ついに僕の目から涙が零れてタオルの下でくぐもった声が漏れる。それでも悦に入っているのか鳥飼の鼻歌は止まず僕が目覚めていることには気づいていない様子だ。
(誰か……助けて……っあ……っ)
ふいに誰かの叫び声が頭の中で響いた。
『とにかくっ肌見放さず持っててよ。それで何かあったらそれを握ってオレのこと呼んでくれっ』
祈の声だ。実際に声がしたというわけではなく祈が言った言葉が頭の中を過ったのだ。
(確かお守り、パーカーのポケットに)
脱がされていたはずのパーカーがちゃんと着せられいたことに感謝しつつ。
(手で握ることできないけどっ。祈! 祈! 助けてっ!)
祈が言った言葉の真実はわからないけど僕は藁にも縋る思いで心の中で叫んだ。
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