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第47話

 鳥飼が近づいて来る気配を感じた。 (ふぇ〜こっち来るよ。僕殺されちゃう?)  壁側を向いてぎゅっと目を瞑った。 「ここにはお前の兄貴も何度か来てる」  上から声が降ってくる。 (えっ? 兄ちゃんがっ?)  思わず目を開けて上を向いてしまう。にやにや嫌な笑いを浮かべている鳥飼の顔が見えた。  それと共にこの部屋に入って来た時から感じる空気の重さが更に増した気がする。僕は息苦しくなってきていた。 「そ、蒼矢さんもいっしょにっ?」  声が上擦る。 (そうだよ、兄ちゃんが一人で来るはずなんて) 「一人に決まってるだろ」 「な、なんでっ」 「なんでって。そりゃあ」  にやにや笑みに厭らしさが加わる。 (この人こんなに嫌な顔も持っていたのか)   いつも上辺だけの張りつけたような笑みを浮かべるような男だったが、流石は社会的地位のある人間というプライドや理知的さは感じさせていた。  しかし今はそんなものは微塵も感じられない。ただ下卑た野獣のような表情。 「俺にヤられるために来てたに決まってるだろが」  口調すら変わっている。これがこの男の内面か。  しかも。 (なんだって!?) 「そんなはずないっ! 兄ちゃんには蒼矢さんがっ蒼兄ちゃんがいたんだからっ」  鳥飼はそれには答えずにやにやと嗤うばかり。   「う……っ」  僕は思わず呻いた。  急に部屋の中も鳥飼の姿もぐにゃりとひしゃげたように見えたからだ。 (この人気づいてないんだろうか。やっぱり僕だけが)  この部屋に『何か』がいる。何か悪い『もの』が。  そう感じた。 「おまえも行帆と同じ目に合わせてやるよ」    鳥飼の顔は見えない。真っ黒な塊に目だけが光ってるように見えた。そして真っ黒なものが伸びてきて僕の身体に触れる。 「やめてっ」  僕は掠れた悲鳴を上げた。  縛られたままの手首をぎゅっと握られ頭の上で押さえつけられる。同じく縛られた足の上にも重みを感じた。生温かなものが首筋を這い、ぞぞっと全身が総毛立つ。  パシンッ。  何かがひび割れたような音がした。  パシッパシッパシッ。 「なんだっ!?」  部屋の異変は今度は僕だけではなく鳥飼にもわかるもののようだ。強く握られていた手首は開放され、彼の重みも感じられなくなった。  ひしゃげた世界と真っ黒な怪物はいなくなった。しかしランタンの灯りが勝手に明滅を繰り返し、ものが飛び交い壁に叩きつけられるような音がする。  ガシャンガシャン。 「なにこれっ」 「なんだ、これはっ」  僕と鳥飼は同時に叫んだ。 (まさか、ポルターガイスト?!) 「うわぁぁぁぁ」  鳥飼がベッドから飛び退いて床に尻もちをついていた。

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