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第49話

 鳥飼の首に手をかけたまま彼は振り返った。  ふんわりと癖毛のある髪に縁取られた顔。左目の目元に二つの泣きぼくろ。彼は僕に向かって儚く微笑む。  紛れもなく、それは。 「兄ちゃん!」 『歩はおれが守るから』  彼の原動力は殺された恨みからだけではなく、僕らを守ろうとしているところのほうが本当は大きいのかも知れない。僕はそう感じた。  彼の頬を一筋の涙が流れた。      そして、彼は再び鳥飼のほうを向いた。喚いている鳥飼の首をぐっ絞め始める。鳥飼が手を解こうとしてもびくともしない。 「だめだっ兄ちゃんっ」  僕はベッドから下りようとして顔から着地してしまった。本日二度目。 「くっ」  どうにか立ち上がってぴょんぴょん飛んで兄に体当たりする。だけど、やっぱりびくともしない。  鳥飼は声も出せなくなっている。僕は兄の背に縋りついた。 「兄ちゃん、やめてよぉ」  泣きながら訴えた。  それでも。  兄は。  ドンドンドンッ。  ガチャガチャガチャッ。    突然扉を叩く音とドアノブを回す音が聞こえてきた。  鍵がかかっているのだろう、扉は開かない。  そして、声。 「開けろっ。鳥飼さんっいるんだろっ」  この声は。 「蒼矢さん?」  ドンドンドンッ。 「歩もいるんだろっ開けろっ」  兄の手がぴたっと止まると鳥飼の身体は床に崩れ落ちた。  ガツンッバキバキッ。  今度は叩いている音ではない。兄の背に当てていた顔を少しずらして玄関方向を見ると、何かの切っ先がドアに突き刺さっていた。 (なんだ、あれ? 鉈? 斧?)   呆気に取られている間に蒼矢は扉を壊してしまった。 「あゆむっ」  バタバタと入って来た蒼矢は、しかし、すぐに立ち止まった。  彼の目にもまた兄の姿が映ったのだろう、その顔は信じられないものを見た驚きに満ちている。 「……ゆき……? まさか……」 『蒼くん……』  消え入りそうに哀しげな声で兄はその名を呼んだ。 「ゆき……」  蒼矢の手が兄を求めるようにすっと上がると、兄の手も同じように上がる。しかし、二人の間には距離がありその手はけして繋がれることはなかった。  何故なら。  パシッ。  そんな音と共に兄は硝子のように砕け散ってしまったからだ。 「兄ちゃん!」   兄に縋りついていた僕は支えをなくし床に転がった。 「ゆきっ」  砕け散ったはずなのにそこには何も残ってはおらず、何もない(くう)に兄の名を呼ぶ声が虚しく響いた。  暫く呆然としていた蒼矢がはっとしたように動き始める。素早く鳥飼の安否を確かめ、そして僕を抱き起こす。 「あゆ、大丈夫か」    

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