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第50話
「蒼矢さん……」
蒼矢が僕の顔をまじまじ見る。
「……なんか、酷いな」
(あー! ですよねぇ〜)
自分ではわからないけど、相当酷い顔をしていると思う。殴られたり顔から二度も着地したり。しかも一度は土の上。汚れもついてるだろう。
蒼矢がバスローブの紐で縛られた足を解いてくれた。それから手首のほうを見てぐっと眉間に皺を寄せた。
「これは……いったい、鳥飼さんに何されたんだ」
「それはええっとまぁ……」
「まさか……」
この黒のファーの手錠を見て蒼矢がいったい何を想像したのか、頭が痛くなる思いだった。
「いろいろされちゃいましたがっ未遂ですからっ」
(僕はいったい何の言い訳をしてるんだっ)
僕らは別に恋人同士でもなんでもない。僕に何かあったとしてもそこを強調することはないのだ。
しかし何故か蒼矢はむっとしているようだ。
彼は僕の両手を持って軽く引いてみたり手錠をいろんな角度から見たりしていた。どうやって外そうか考えているようだ。
「……ちょっと待ってろ」
僕から一旦離れて玄関から外に出ると何かを担いで戻って来た。
斧だ。これはさっき扉を壊すのに使ったものに違いない。
「これどうしたんです?」
「薪割りにでも使ったのかな? 壁に立て掛けられてた。これのお陰で中に入ることができた」
それは不幸中の幸いというものだ。
「ドア壊せなかったら窓を割るという手もあったけど」
言いながら僕の手を取って床に押しつける。
「広げられるだけ広げておいて」
言われるまま両手を離せるだけ離してみたけど。
「えっまさかっ」
蒼矢は斧を一旦鎖の真ん中に置いてから振り上げた。
「ひぇ~」
ガチャンッ。
間近で物凄い音がする。それを二、三度繰り返して鎖は切れた。
(はぁ〜死ぬかと思った)
僕は思わずほうと溜息を漏らす。
「本当はこれも取りたいけど、あとは帰ってからだな」
蒼矢からは静かな怒りが感じられた。
(こうやって心配してくれるのもきっと弟みたいに思ってくれてるからなんだろう)
さっき兄が消える一瞬に二人の『愛』を見たような気がした。
(蒼矢さんはきっと今でも兄ちゃんを……そして、兄ちゃんも。だから兄ちゃんは鳥飼さんを遠ざけようとして……)
子どもの頃に見た、あの美しく尊い光景を思い出す。
二人の愛は健在だった。
それは僕にとって嬉しくも、哀しくもあった。
「あゆ……いったいなんでこんなことになったんだ? 鳥飼さんとはどういう……」
そこで言葉を濁すのははっきり口にしたくないからかも知れない。
「それは……またあとで……」
それを語るには僕にも覚悟があった。鳥飼との関係は僕の意志ではなく兄がしたことだと、蒼矢にすべてを話すべきかどうか考える時間が欲しかった。
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