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第55話

 言えないけど、今の関係を崩すことはできないけど。でも僕は彼が好きだから、こんなに密着していたらやっぱりどきどきしてしまう。僕の心臓がもたない。 「蒼矢さんくるしい〜」  重くならないように、軽い感じでそう言ってごろんと反対を向いた。  耳元でくすっと笑う声がした。僕の言ったことをそのままの通りに受け取っただろう。それでいいんだ。  僕は小さく息を吐いた。僕の腹にはまだ緩く蒼矢の腕が回っている。僕が今どんな顔をしているか絶対に見せられない。  視線を流すと、ふと目についたものがあった。  カラーロッカーには数冊の本が入っていて、それと一緒にプラスチックのケースに入っているDVDのようなものが混じっていた。 「…………」  何気なくそのタイトルを頭の中で読んだ。 「え……」  僕は蒼矢の腕を払い除け起き上がった。わざと払い除けたわけではなく結果的にそうなってしまっただけなんだけど。蒼矢も驚いて起き上がった。 「どうした?」  プラスチックケースに手を伸ばし、スッと引き抜く。 「これって……」 「あれ、これ」  蒼矢も僕の後ろから覗き込んできた。 「ゲームだよな? 確か、あゆが昔欲しがっていた……」  そう、これは、僕が小学生の時に人気のあったゲームで僕が欲しいと思った頃にはどの店舗にも並んでいなかった。  蒼矢にもその話はしたかも知れない。 「誕生日プレゼントに贈りたいって、ゆきが……探してて……」  そこまで言って黙り込んだ。それもそのはずだ。  それが十年前兄が死んだ日の、僕の誕生日なのだから。  蒼矢がゲームのパッケージに手を触れた。 「……これ、Bird Entertainmentのゲームなんだ」 「えっ」  それを聞いて驚いた。当時は何処の会社のゲームだとか余り気にしていなかった。人気があって友だちの間でも話題になっていた。だから自分もやってみたいと思った。そんな単純な理由だった。 「まだBird Entertainmentが起業して間もない頃で、このゲームも最初の発売本数はそんなに多くなかったはず。それが何かの切っかけでバズって急に売れだしたから、一時期品切れ状態だった。確か……」  遠い過去を思い出すような眼差しで(くう)を見る。 「社長の鳥飼さんに聞いてみたらどうかと……ゆきに言ったはず……」  きゅっと眉間に皺が寄る。  蒼矢が今何を考えたかわかる。 (そのことが兄ちゃんと鳥飼さんを近づけたのかも知れない……) 「これは……もしかしたら兄ちゃんが僕にくれるはずだったもの……? 兄ちゃんゲームゲットできたみたいだったのに、遺品の中にも部屋の中にもこのゲームは何処にもなかった……」 「そう……かも知れない」  僕が欲しがったゲーム。兄にアドバイスをした蒼矢。  それらが兄が死んだ切っかけの一つだったとしたら。  ぐっと何かが迫り上がってくるのを感じた。それは涙となって頬を流れて行く。 「兄ちゃん……兄ちゃん……」  僕はそのゲームソフトをぎゅっと抱き締めながらか細い声で兄を呼んだ。 「あゆ……」  そんな僕を蒼矢が後ろから抱き締めた。  彼はきっと泣くことはできないだろう。  彼の分まで僕は泣き続けた。    

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