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第56話
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兄の死は殺人事件として再捜査されることとなった。しかしそのことについては世間に漏れないようニュースや新聞にも取り沙汰されはしなかった。それは遺族の意向でもあり、月城家と鳥飼家の大きな力が働いていた。
イラストレーター月城蒼矢がBird Entertainmentの依頼を白紙に戻したのは仕方のないことだ。
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七月初めの日曜日。僕は今桜の森にある月城蒼矢の自宅に来ていた。
七月に入っても梅雨はまだ明けてはおらず今日もしとしと降っている。僕らがこれから話すことを考えればこの天気はちょうど良いかも知れない。
『あの日』夜が明けてから僕らは蒼矢の車で桜の森に帰って来た。
鳥飼はその頃にはもう意識を取り戻していた。暴れるかと思いきや意気消沈した様子で何も言わなかった。足の拘束だけは解いたが逃げようとすることもなく黙って蒼矢の指示に従った。
蒼矢は僕を風緑で降ろすと鳥飼だけを車に乗せて出発した。恐らく警察に行くのだろうと僕はその時思った。
陽翔や乃々花に迎えられ、気が緩んだ僕はその日から数日体調を崩して寝込んだ。一時は高熱が続き彼らを酷く心配させていたようだ。朦朧としている間に蒼矢や祈がお見舞いに来てくれていたようだが、それもまったく覚えていなかった。
あの桜の下で鳥飼と出会ってからたった三か月の出来事だった。しかし自分の中に自分以外の誰かがいて自分以外の意志で行動し、更に十年明かされなかった兄の死の真相に辿り着くことになったとなれば、こうなっても当然かも知れない。
とはいえ、こういう経験をする人がそうそういるわけでもなく、誰かに伝えたところで信じて貰えないに違いない。
高熱を出し病院に連れて行かれ「風邪ですね」「少し衰弱してますね」と診断されても仕方のないことだ。
とりあえず抗生剤等が出され、あとは寝て治すしかなかった。
大学に通えるようになるには十日ほどかかった。その間には時折蒼矢が様子を見に来ていた。
彼には僕に聞きたいこともたくさんあるだろう。『あの日』何が起きたのか。
しかし彼がそのことについて切り出すことはなく、僕もまだいろいろ決心がつかなかった。
僕が全快し大学にもバイトにも復帰して数日が経ち蒼矢に「大学が休みの日にでもうちに来ないか」と誘われた。
いよいよだと思った。
日曜日の昼のピークが過ぎてから僕はバイトを休ませて貰うことにした。
陽翔が軽食が包んでくれて、それを持って迎えに来てくれていた蒼矢の車に乗り込んだ。本当は車で迎えに来てくれるほどの距離でもないのだが、朝からしとしと雨が降っていて体調を悪くしないかと迎えに来たのだ。
(あれからだいぶ過保護になったような気が……)
なんとなくムズムズするような気持ちだ。
車に乗っていたのはほんの数分でその間は結局何の会話もなく、軽い緊張感に包まれていた。
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