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第57話

 午後二時。  ダイニングテーブルで少し遅めの昼食を取った。陽翔が包んでくれたサンドイッチ以外にも、蒼矢が用意してくれていた。  パスタや冷製スープ。 「どう?」 「美味しいです〜蒼矢さん料理もできちゃうなんてなんか憎たらしいですね」 (完全なスパダリだよねっ。今思うとあの頃もそんな片鱗あったけど)  はぁと溜息が漏れそうになる。 「憎たら? なんのことだ? まぁ独り身が長いから少しはできるようになるさ」 「そうですか?」  軽く相槌を打ちながらまたバクつく。 『独り身が長いから』と蒼矢は言った。もし兄が生きていたら今はどんなふうになっていただろうか。ここで二人で暮らしていたかも知れない。。  兄は器用な人で料理もたまにしていた。お菓子を作って貰ったこともある。もしかしたらここで料理をしていたのは蒼矢ではなく兄のほうかも知れない。  でも兄は実際にはここに来ることもなかったのだ。そのことに軽い優越感を覚えて慌てて振り払う。 (何考えてるんだ、僕)  兄の恋人だった人だ。叶ってはならない恋だ。もし万が一叶ってしまったとしたら、僕は後ろめたさを感じるだろう。  それなら生きていたらいいのか。兄と蒼矢を取り合っても。しかし兄がもし生きていたら蒼矢に恋をしていなかった可能性もある。  ダメだと思いつつ最近は時折欲が顔を出す。 (蒼矢さんも僕を……とか。そんなはずないけど。……弟みたいに思ってくれてるなら……少しくらい近づいてもいい……?)  なんて思ってみたりもして。  食事を終え、デザートと紅茶を持ってソファーのほうに移動する。デザートはベイクドチーズケーキ。 「まさか、これも蒼矢さんが?」 「そうだよ」 「すごっ」  一口食べる。 「美味しいっ蒼矢さんてほんとにっ」 「ほんとに?」  僕の顔を覗き込んでくる。 (何故隣に座ってるんだっ)  ソファーはテーブルを挟んだ向こう側にもあるというのに、何故か蒼矢は隣に座っている。別に意味はないのかも知れないけど。 (僕だけが意識してるだけなんだけどっ)  なんだか酷く悔しい。  僕は一気にケーキを口に放り込んで、紅茶をガブっと飲んだ。 「あちっ」 「そんなに慌てなくても、ケーキも紅茶もまだあるからゆっくり」  僕は置いてあったナプキンで口を拭いた。 「…………」 「…………」  蒼矢は僕を楽しそうに見ているだけで肝心なことは何も言いださない。  ただ僕に食事を振る舞う為に呼んだわけでもないだろうに。 「蒼矢さん、僕に話があるんじゃないんですか?」  仕方ないので僕のほうから切りだした。

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