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第58話

「俺は……あゆとゆっくり過ごしたかっただけだよ」  じっと顔を見つめられる。これ以上ないっていうくらいに優しい微笑み。  どきんっ。 (いやいや、どきんっじゃないから)  気を取り直して。膝の上に両手を重ねて置き、神妙な顔をする。僕はぎゅっと握った手を見つめた。 「じゃあ、蒼矢さん僕が話をするね。聞いてください」  蒼矢が首を縦に振ったのが気配でわかった。 「蒼矢さんが僕や祈が持っている力のことを信じてくれたから……話すね」 「うん」と彼は同意するように頷く。僕を『信じる』ということについての同意と受け取る。これからする話はもっと信じられないようなことだけど、蒼矢ならきっと信じてくれると思っている。 『霊』というものの存在。  蒼矢は実際にそれを目にしたのだから。 「僕は小さい頃、人ではないモノを良く見ていました。動物が立ち歩く姿、漫画やアニメの妖怪物に出てくるようなのっぺらぼうとか一つ目の人間とか。こっちは妖と言われるモノです。人の霊も見えました、事故死した人はその姿で。でもわかりにくいのはまったく生きている人間と変わらない姿の霊……霊に足がないというのは嘘ですね。僕は他の人にも見えていると思ってました。でもそれは違うとわかり、友だちから気味悪がれることもあったのでもうその話はしないことにしました。兄ちゃん以外には。蒼……兄ちゃんと出会った頃もまだ見えてました」 『蒼兄ちゃん』  懐かしい呼び方をしてみる。 「兄ちゃんが、蒼兄ちゃんに話しているとは思わなかったけど。兄ちゃんは蒼兄ちゃんをすごく信用してたんですね」  蒼矢の顔を見ると柔らかく微笑みが返ってくる。 「でもある時からそれは見えなくなり僕は大きくなったら見えなくなるものなのかも知れないと単純に思っていました。ある時……今にして思えば兄ちゃんが亡くなった後だった……もしかしたらそのことに関係しているのかもと今は漠然と思っています」  僕はそこで紅茶を一口飲んで乾いた喉を潤した。紅茶は(ぬる)くなっていたけど今はそれがちょうど良い。蒼矢は黙ったまま僕が話しだすの待っているようだ。 「祈と出会ったのは大学の入学式で彼のほうから話しかけてきました。今は『見えて』ないというのに初めて顔を合わすなり『霊とか見えちゃう系の人?』と聞いてきました。ただ見えるていただけの僕よりきっとそういう力が強い人なんだろうと思いました。それからなんとなく一緒にいるようになって、一年以上経った今でもまだまだ祈についてはわからないことだらけで。まさかあんな不思議な力まであるとは思わなかった」  はははと笑ってみせる。しんとなりすぎている空気を変えたいような。これから話すことが更に蒼矢にとっても過酷なことになるかも知れない、その為のワンクッションのような。  どちらの意味合いもある笑い。だから少し強張っている。  

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