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第59話

「鳥飼さんに出会ったのは……特別講師枠の講演会ではなくて、本当はそれより二日前大学の北門にある桜の大木の下でした」  蒼矢も同じ大学の、しかも同じ芸術学部出身だ。その桜のことは知っていると思うし、たぶん一度はモチーフにもしただろう。 「といっても、僕が一方的に見かけただけなんですが。一目見た時感じたんです、背筋にビリっと電流が流れるような感覚。比喩とかじゃなくて本当にびりびりするんですよ」  ふふと自嘲気味な笑いを漏らしてしまった。それは他の人にはない力の現れだから。 「頃、そういうモノに遭遇した時には必ずそんな感じがしました。だから一瞬人間じゃないのかと思ったくらいです。まぁ、普通に人間でしたが。それでも鳥飼さんに会う度に感じていて、風緑で倒れたのもそのせいです。何故だろう……と思っていました。そして、それだけじゃ終わらなかった」  ここから先は話すのが辛い。兄の恋人だった人に、兄のしたことを話さなければならない。けして愉快な話ではない。 「僕は時々記憶が曖昧になる時がありました……なんだかぼんやりしているというか……気がつくと自分が行くつもりもなかったところにいたり、人に会っていたり……人……はっきり言ってしまえば鳥飼さんですが。蒼矢兄ちゃんが前に言っていた駅前で僕らに会ったというのは見間違いではなく、たぶん本当に僕と鳥飼さんなんだと思います」  蒼矢は酷く難しそうな顔をしている。でも言葉を挟むことはしない。 「ある時祈が言いました――僕の中に誰かいると。その『誰か』が僕の身体を使っているのだと思いました。祈から見える『誰か』は兄ちゃんの容姿そのもので…でも僕はそれが兄ちゃんではなく、兄ちゃんの姿を借りた別なモノの可能性も考えました。だってそうでしょ? 兄ちゃんには蒼兄ちゃんがいるのに他の人とデートしたり、キスしたりっっ」  その時のことを思い出し軽い怒りを覚える。蒼矢は何も知らないことなのに僕は興奮気味に詰め寄った。 「あ、ごめんなさい」  ぎゅっときつく片腕を掴んでしまう。慌てて離そうとすると上から優しく手を撫でられた。少し落ち着きを取り戻す。 「でも次第に僕の中にいるのは兄ちゃんだと確信し始めました。そして何か目的が合って鳥飼さんに近づいているのだと。僕の中にいる魂は鳥飼さんに会う度にだんだんとドス黒くなって行くのを感じてました。でも蒼兄ちゃんといる時は違う……昔の優しい兄ちゃん……十年経った今でも兄ちゃんは蒼兄ちゃんのことを……」  ほろっと涙が零れた。  この涙は兄を思ってか。それとも自分の報われない想いからか。 「あゆ……」  蒼矢の指先で優しく涙を拭われるが、そのせいで余計に涙が溢れ出す。 「あの日兄ちゃんの目的がはっきりしました。兄ちゃんは鳥飼さんに殺されてその復讐を……ううん、僕と蒼兄ちゃんに鳥飼さんを近づけさせない為に……彼を道連れにしようとしたんです……霊が人に触れて首を絞めることができるなんて思いも寄らなかった」    

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