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第60話
「……ゆきは家族を大切にしてた。あゆのことは年齢 も離れていたし、凄く可愛がってたなぁ……」
蒼矢は遠い何処かを見ているようだった。
「あゆの身体から出たのは……お前の手を汚したくなかったからだろう……」
「蒼兄ちゃん……」
兄はきっとあんな姿を蒼矢に見られたくなかったはずだ。だから思いを遂げる前に消えた。兄にとって祈の存在は想定外だった。いや、いつか自分のすることの障害になるかも知れないと釘を刺していた。それでもまさかあそこで蒼矢が現れるとまでは思っていなかったのだろう。
――最後にお互いを求め合うように伸ばされた手。
あの光景が脳裏に浮かぶ。
それから。
幼い頃に見た口づけをする二人も。
どちらも美しく尊い光景。
胸が苦しい。
「蒼兄ちゃんは……今でも兄ちゃんが好き?」
「あゆ……?」
蒼矢は僕が二人の関係に気づいていることを知らない。僕が今言った『好き』の意味をどう捉えていいのか考え倦ねているようだ。友人として『好き』かと問われているとのだと思うのが自然だ。しかしそうではないと思わせるほど僕の顔には真剣さが現れているのだろう。
「今でも……兄ちゃんを愛してる?」
これなら流石に彼も気づいただろう。一瞬驚いたように目を見開いた。
「あゆ……」
「……知ってたよ……知っていたんだ。雪がちらついている夜に二人がキスをしているところを見たんだ。でも気持ち悪いとか思わなかった。綺麗だと思った……今でも忘れられない尊い光景だと……」
蒼矢は哀しいような苦しいような顔をしている。僕はこれから更に彼を苦しめることを言おうとしている。
「今でも兄ちゃんを愛してる?」
僕はもう一度問うた。
「…………」
返事は返ってこない。
「じゃあ……僕のことは……? 僕のことはどう思ってる? やっぱり弟みたいな感じ?」
(えっちょっと待って)
「僕は……蒼兄ちゃん……蒼矢さんが、好きだよ。兄ちゃんの葬儀で蒼矢さんが涙を流した時から……ずっとずっと」
(ちょっとちょっと、すとーぷっっ)
「蒼矢さんのこと想ってた」
(何言ってくれちゃってんのっ勝手にっ)
「歩……俺は……」
僕の身体は勝手に動き、蒼矢の答えを塞ぐように唇を寄せた。
どくんっ。初めての感触に心臓が煩い。
その一瞬が何分でも続いているようにさえ思えた。
(どきどきっっ――じゃないっ。何してくれちゃってんのっっ兄ちゃぁぁぁんっっ)
「蒼矢さん……」
唇を離し愛おしげに蒼矢の目を見つめる。
「ゆき……行帆だろ、お前」
驚くわけでもなく、少し呆れたような声が聞こえた。
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