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第66話

 鳥飼の話は蒼矢をBird Entertainment社に誘うものだった。この話は初めてではなく、鳥飼が起業して以来何度か持ちかけられているらしい。卒業したら自分の会社に来ないかと。  しかし蒼矢はそれを断り続けている。自分はフリーのイラストレーターとして幅広く仕事をするのだと。確かに会社に組み込まれてしまったら、安定はしてもそこの仕事しかできない。蒼矢ならフリーでも充分やっていける才能と知名度がある。  二人の話を小耳に挟みながらおれも蒼矢に賛成した。  鳥飼は熱心に口説いていたが結局「YES」は貰えず、しかし笑いながら「また今度」と言った。まだ口説くつもりでいるらしい。  その夜はそれで別れた。 * *  一週間程して鳥飼から連絡がきた。 「頼まれていたゲームが手元に届いたので渡したいんだが。今忙しいので申し訳ないが取りに来て貰えないか」  彼が言った住所をおれはメモった。 「ありがとうございます。勿論こちらから取りに伺います」  明後日の夕方、指定の住所を訪ねることになった。蒼矢に連絡しようか迷ったが、こんなことでわざわざ連絡することもないだろうという考えに至った。連絡すれば恐らく一緒に行くというに違いない。取り持って貰っただけでもありがたいのにそこまで迷惑はかけられない。  鳥飼が送ってくれた住所を頼りに探すと海岸近くに高級マンションに行き当たった。そこはK大学の本拠地に近く、鳥飼は芸術学部移転前に卒業しているので通うには相当便利な場所にある。ちなみにおれの家も本拠地に近い、つまり鳥飼の自宅に近いということだ。 (住所見た時から思ってはいたけど、こんなに近くだったとは)  エントランスでルームナンバーを入れると、すぐに応答があって中に入れて貰った。マンションは十二階建てで彼の部屋は九階だった。こういった高級マンションには入ったことがなくきょろきょろしてしまう。 (でも蒼くんの家はもっとすごいよね〜)  鎌倉にある蒼矢の家にも何度か訪れたことがあった。  ピンポーン。  今度は部屋のインターフォンを鳴らす。鳥飼はすぐにドアから顔を出した。 「こんばんは」 「悪いね、こんなとこまで来て貰って」  鳥飼はトレーナーとジーンズというラフな姿で、スーツやジャケット姿しか見たことがないせいか今までと違って見えた。  それに表情も。  嘘くさい笑顔。品定めするような視線。そんなものはなく、柔らかな表情でやけにフレンドリーだ。 (この人、こんな顔もするんだ。いや、確かに蒼くんに対してはいつもこんな感じだったけど) 「――良かったら中に入ってよ」 「え?」 「夕食つき合わないか?」  受け取ったらすぐに帰る、当然そのつもりでいたのだが。    

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