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第68話
グラタン。かぼちゃのポタージュ。生ハムとモッツァレラチーズのサラダ。バケット。
「美味しいです!」
これはお世辞ではなく本音。
(忙しいから取りに来てって言ったよな)
そんなところに疑問を持つ。
鳥飼はワインを飲みながらにこにここちらを見ていた。
「やっと笑顔が見れた」
「え?」
「初めて会った時から全然笑わないから」
「それは……緊張してたから」
それはこっちも一緒だ、と言いたい。
「そうか。笑った顔も綺麗だね」
歯の浮きそうな台詞だ。でも冗談という表情でもなく、なんとなく背筋がムズムズしてくる。
「そんな綺麗だなんて。おれ女の子じゃないですから」
「男だって『綺麗』は当て嵌まるだろ?」
「え……まぁ……?」
おれは曖昧に笑って視線を逸らした。
何処か妙な雰囲気になってきているのを感じる。誤魔化すように、一旦グラタンを口に入れ、口の中のものを全て飲み込んでから別な話題を振った。
「あの……ご家族は?」
「実家は二駅先にあるんだ。K大に通うのに近いここで一人暮らしを始めたんだ」
「そうなんですね」
(たった二駅じゃないか。全然通える距離なのに。さては、この人が社長というだけじゃなくて家も金持ちなのか)
鳥飼については本当に知らないことばかりだ。別に知る必要もない関係なんだけど。
「きみ……行帆くん、彼女とかいるの?」
そんな関係のはずなのに随分プライベートなことを聞いてくるなと顔を上げると、真剣な顔で見つめられていた。
「彼女は……」
なんと答えたらいいだろう。別に本当のことを言う必要はない。
「いません」
(彼氏はいるけど)
頭の中で蒼矢の顔が浮かぶ。二人は親しげに見えるが実際はこういうこともカミングアウトできる関係なのか判断できない。もしそうするとしたらおれではなく、蒼矢が言うべきなのだ。
そんなことを考えていたら。
「俺と……つき合わないか?」
唐突に告白された。
「はい?」
言っている言葉自体はわかる。でもすぐに理解ができず頭の中で反芻する。
(今この人つき合わないかって言った?)
その間にも鳥飼はたたみかけてくる。
「それとも……男同士とか気持ち悪いと思ってる?」
「えっと、えっと」
(気持ち悪いも何も実際おれは男とつき合っている)
この段階になってもそれを言うことに躊躇する。
本気なのか、冗談なのか。判断を間違えて本当のことを伝えれば後悔することになりそうな気がした。
「あの……それっておれのことが好き……ということでしょうか?」
「当然だよ、じゃなきゃつき合おうなんて言わない」
テーブルに並んでいる料理の間を抜けて鳥飼の手が伸びてくる。避けようとしたおれの手を素早く掴んだ。
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