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第69話

(嘘……だろ?)  鳥飼の言うことが信じられなかった。今日は確かに今までとは違う親しみを込めた態度を取っていたが、それ以前のおれを見る目はとてもそんなふうには思えなかった。  おれの手を掴んでいるその手から抜けだそうとしたが、彼は腰を少し浮かせて追いかけてきた。手首からするりと撫でるように上腕のほうに上がってくる。  ぞわりと背筋に怖気が這い上がる。おれは思わず彼の手を強く払い除け、立ち上がる。  ガタンッ。  ガシャンッ。 「……つ」  何故か上手く立ち上がれなかった。椅子を倒し、絨毯の上にへたり込む。  テーブルの上ではジュースの残っていたタンブラーが倒れ、薄い黄色の液体がぽたりぽたり……と絨毯に滴っていた。おれは何が起きたのかわからず、一瞬呆然とそれを眺めていた。 「大丈夫かい?」   鳥飼がテーブルを回りながら声をかけてくる。  その声にはっとして立ち上がろうとしたが力が入らず立ち上がれない。 「なんで……」  思うように動かないのと同時に、寒気もしてきて身体が震え始めた。風邪でも引いてしまったみたいに。 「ああ……やっと効いてきたみたいだね」  どうにか顔を上げると鳥飼のにやにやした顔が真上にあった。 「なに……が効いて……」 「何ちょっと気持ち良くなる薬だよ」 「薬……」  ジュースがまだぽたりぽたりと垂れている。 (まさか……あれに……) 「最近出回り始めた薬らしいよ。大丈夫、まだ違法薬物にはなってないから」  鳥飼の言ってることが遠く近く聞こえる。それを聞きながら朦朧としてくる頭で考える。 (そうだよな……おれがお酒飲まないの、最初から知ってたはずだ……なんだよ……この映画か小説みたいな展開は……っ) 「はぁ……」  おれの口から熱い吐息が漏れた。さっきまで寒気がしていたのに今度はだんだんと全身が熱くなってきている。身体の中心にも少しずつ熱が溜まっていくのを感じている。 (嘘……だろ……っこんなのっ) 「さっきの……おれが好きとか……言ってたの……みんな、嘘か」  鳥飼を睨みつけているつもりだが実際にはそんなこともできていないかも知れない。出る言葉も震えている。何をするのにも思うようにいかない。  鳥飼は目の前に膝をついた。そして、おれの顎に手を当てる。自分の顔を見せつけるように。 「嘘じゃないよ、だからだよ。――きみ、蒼矢とつき合ってるだろ」 「な……っ」  (気づかれていた……!!)  おれは床についていた両手をぎゅっと握りしめた。 「蒼矢が相手じゃこうでもしないと手に入らないからな」  鳥飼の顔が急速に近づいてきておれの唇を塞ぐ。  嫌だった。  顔を背けようとした。  しかし今のおれにはそれもできなかった。  熱は益々上がる一方だった。      

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