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第73話

* *  着信音が鳴る。 『鳥飼涼介』という表示が出ている。  ――四度目の誘いだった。 「おれはもうあんたの言いなりにはならない」  おれはそう答えた。  電話の向こうから息を飲むような音が聞こえた。おれがこんなことを言うとは思わなかったのだろう。 「いいのか? 例の画像を蒼矢に送っても」  その声にはやや慌てているような色が滲んでいる。 「ご自由に――おれはもう蒼矢とは別れる」 「待ってくれ、俺はお前を」  話の途中で電話を切り、『鳥飼涼介』を着信拒否設定した。 (何を言おうとした? 俺はお前を愛してる、とか?)  思い浮かんだ言葉にくすっと笑う。  確かに鳥飼はおれを揺さぶりながら『好きだ』『愛してる』と言っていた。しかしその乱暴な抱き方は『愛』なんかよりも『憎しみ』に近い。  ――そう、おれは気づいてしまったんだ。 (あいつは……) * *    数日が過ぎて会う約束の日がきても、蒼矢の様子はいつもと変わらなかった。 (あいつ……言わなかったのか? それとも何もかも知ってて蒼矢は……)  どちらなのかわからず更におれの心は乱される。 『蒼矢とも別れる』そう決意した。しかし鳥飼に言うのとは違い、なかなか切りだすことができない。 (このまま黙って……) (いや、そんなことはできない) (蒼矢から離れたくない) (でも……)  毎日頭の中で問答する。    ――二十歳の誕生日がきた。  前日の夜から蒼矢と一緒だった。  当日の夜は家族と祝う。おれの家族は仲が良く、祝い事は外せない。だから蒼矢とは前日から一緒にいて日付けが変わった一番にお祝いをして貰う。  それは割とロマンチストな蒼矢のほうからの提案だった。おれたちがつき合い初めてからの誕生日はそうやって過ごしてきた。  そしてそれは今年で最後なのだ。 (最後だから……やっぱり……)  鳥飼の感触が残る身体を蒼矢に愛されることで塗り替えておきたい、そう思った。  月城邸の奥棟の三階に蒼矢の部屋があった。もう何度も訪れたことがある。この一年間愛を確かめ合った部屋。 (おれが高校を卒業するまではキスだけだったなぁ……)  遠い昔のように懐かしく思う。  ここで楽しく食事をしながら、これが最後なのだと心の中で泣いた。  部屋にはシャワー室がついていて、それぞれシャワーを浴びて寛いだ格好でベッドに並んで座る。  お互いの手にはワイングラス。  アルコールを飲めるようになった二十歳の祝いに蒼矢が用意してくれたのはピンク色の甘めのワイン。  十二時を回った瞬間、二人でカシャンとグラスを合わす。 「ゆきおめでとう」 「ありがとう、蒼くん」  初めての一口を飲むと、身体がカッと熱くなった。頭も何処かふわふわしたような感じがする。おれはアルコールの力でどうにか怖気づく心と身体を奮い立たせようとした。      

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