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第74話
「余り無理しなくていいよ」
蒼矢は自分のを飲み干すと、半分くらいで躊躇しているおれのグラスを取って自分で飲んだ。グラスはベッド脇に置いたワゴンに置いた。
「ゆき……」
蒼矢の熱い手が頰を撫でる。
おれがそっと目を閉じると蒼矢の唇がおれの唇を覆った。様子を伺うようにして何度か啄むようなキスを繰り返し、やがて深くなっていく。甘いワインの味がする舌が入り込んできた。
蒼矢の熱い掌が宥めるように背中を撫で、ゆっくりと腹に回ってくる。
心臓が変に音を立て始めた。
(大丈夫……大丈夫だ)
蒼矢の唇が首筋を伝い――止まった。
「酔っちゃったみたいだな」
腹を撫でていた手で後頭部をぽんぽんと優しく叩かれた。
おれは自分の身体が細かく震え、涙を流しているのに気づいた。
「蒼くん……おれ」
「今日はもう寝ようか」
おれを抱き寄せて布団の中に潜った。
(ごめん……っ蒼くん……ごめん……)
おれは彼の腕の中で声を殺して泣いた。
* *
あれから蒼矢には会っていない。
蒼矢にも仕事がある。おれも新学期が始まり講義や課題で忙しかった。
――忙しいということにしている。
世間がゴールデンウィークに入っても大学が忙しいということにしている。平日でも、実は教授の都合で休講続出だったりしても、だ。
今日四月三十日は、歩の誕生日だ。
鳥飼からゲームを受け取り損なって諦めていたおれだが、大学の友人のつてで譲って貰えることになった。講義はないがその友人に会う為におれは大学に向かった。
「弟さんの誕プレだっけ? ぎりぎりになっちゃって悪いな」
「ありがとう、助かったよ。弟が喜ぶ」
「いい兄ちゃんだ」
鬱々とした日々だったが、久しぶりに明るい気分になる。
(歩喜んでくれるかな)
一番近いバス停はこの時間は本数が余りなく三十分程待たなくてはならない。すぐにでも帰りたいおれは少し遠いが本数の多い、別ルートのバスが通るバス停に行くことにした。
大学の横の、車一台分しか通れないような細道を歩く。
(今帰ってもまだ歩は学校なんだけどさ)
ふと気づくとすぐ後ろを一台の車がのろのろとついてくる。
(あ、おれ邪魔か?)
何しろ車一台しか通れない舗装もされていない細道だ。人が通ってたらスピードも出せないだろう。おれの横は木が植わったガードレールもない場所で、しかもその先は落ちたら怪我するだろうというちょっとした崖のようになっている。
おれは車の邪魔にならないように木と木の隙間に身体を滑り込ませた。勿論崖から落ちないように注意を払って。
(これなら通れるだろう)
そう思ったのに。
車はおれの横で何故か停まった。
運転席から出てきたのは――鳥飼だった。
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