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第75話
おれは油断していたんだ。
ひと月姿を見せなかった。おれの家は知られている。その気になれば家の前で待ち伏せすることもできる。それをしなかったということは、おれへの執着はそれほどなかった。おれには飽きたのだと。
「鳥飼さん……」
無表情で無言の圧をかけながら目の前に立つ。目が据わっていて何をされるかわからない恐怖を感じた。おれが思わず右足を半歩後ろに下げると、踵に小石が当たりカラカラと転がる音がした。
はっとしてして振り返る。一瞬忘れかけたがこれ以上下がれば確実に落ちる。しかし、迫ってくる鳥飼を見てそれもやむ無し。
(死ぬことはないはずっ)
おれは飛び降りる決意をして身を翻した。
しかし、鳥飼がそれよりも先におれの背負っているリュックを強く引っ張った。おれは弾みで車体に頭を強 か打ちつける。ぐらりとした瞬間に腹に二度拳が入れられ息を詰まらせる。その場に蹲ったおれは物のように担ぎ上げられた。そして、降りる前に開けておいたらしいトランクの中に押し込められた。
車がゆっくりと発進する。
頭と腹にダメージを受けたおれは、車の揺れと相まって吐き気を催した。耐えようとして耐えきれず胃の中の物を吐き出した。
* *
気づくと見覚えのあるベッドの上だった。
真っ暗で汚臭のするトランクの中で次第に息苦しくなっていったおれは、どうやら気を失っていたらしい。
ゆっくりと起き上がるとまだなんとなく胸がむかむかするような気がした。
ここは二度来たことがある、鳥飼所有のログハウスだ。
(ここでおれは……)
「具合はどうだ?」
鳥飼の声がした。声のする方向に顔を向けるとソファに座った彼が、おれのリュックを物色していた。
「何やってるんだ」
「お前が気を失ってたから暇でね。これどうしたんだ?」
リュックの中から今日受け取ったゲームを取り出していた。
「それに触るな」
おれはベッドを下りて走ろうとして少し蹌踉めいた。
「そう言えばあの時、ゲームを渡し忘れたな」
まるで今までのことがなかったような口振りだ。おれにこんな酷いことをしておいて、なんでもないみたいに。
「どういうつもり? なんで今更」
「今更?」
ゲームをソファに放り投げ鳥飼が近づいてくる。
「今更ってことはないよ。俺はずっとお前を見ていたよ」
にたりと鳥飼が笑う。
「え?」
「突然着拒して俺から逃げて。いつ捕まえてやろうかタイミングを計ってた」
背筋に怖気が走った。
「なんでおれに執着するんだ」
「何言ってるんだ、お前を愛してるからに決まってるだろ」
目の前にやって来ておれの顎に手をかける。ぐいっ顎をあげられ、唇を塞がれた。
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