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第76話

 後頭部を押さえ込まれ、ぐっと腰に腕を回され逃げられないようにされた。  深く唇を吸い上げられる。入り込んできた舌をおれは噛んだ。 「つっ」  怯んで戒めが緩んだ瞬間にさっとおれはその手から逃れた。一歩後ろに下がる。 「あんた、おれのことなんて本当はなんとも思ってなんかないだろ」  もう会うことなんてないと思った。これはおれの胸に秘めておこうと思っていたことだ。でも再びおれに手を出そうと言うのなら。 (全部言ってやる! 憶測に過ぎないけど、多分間違ってない) 「なにっ?」  痛みに顔を顰めながらもこちらを睨めつけてくる。 「あんたが本当に好きなのは蒼くんだよ!」 「何を言って」  もしかしたら本人も気づいてないことなのかも知れない。 「蒼くんをおれみたいにぐちゃぐちゃに抱きたい? それとも抱かれたい方?」  わざと下卑た言い方をして煽る。 「俺は蒼矢をそんなふうに見たことはない。彼奴は才能がある。俺が唯一人間として男として認めている。だから俺の会社に迎え入れたいんだ」  思いの外真剣な答えと怒りが滲んだ眼差しが向けられる。 (なるほど)  鳥飼は『男は初めて』だと言った。たぶん彼の中では本来『同性同士』は汚らわしいものだと思っているのだろう。だから自分が『唯一認めた人間』である蒼矢を『そういう目』で見ている自分自身を許せないんだ。『そうじゃない』と思い込みたいんだ。  蒼矢か鳥飼が女であれぱこれはまた違う話になったのかも知れない。 「そうか、あんたは認めたくないんだね。自分がそういう意味で蒼くんを愛していることを。その歪みをあんたはおれに向けたんだ。愛する蒼矢の恋人であるおれを共有することで、その思いを昇華しようとしたんだ」  おれは哀れみを込めてたんたんと話す。 「そんなことはない……っ」 「共有しながらも、蒼矢に愛されてるおれが憎くくて堪らない」 「黙れっ」  おれを殴ろうとしている手がふるふると震えていた。おれはその手をそっと自分の手で押さえた。 「可哀想に。認めてしまえばもっと楽になれるのに」  鳥飼はおれを殴らず手を脇にだらりと下ろした。 「おれはもう行くよ。あんたとも――蒼くんとももう会わない」  いつも鳥飼の車に乗せられてきた。正直ここから帰ることができるのかわからない。でもここにいる意味はないのだ。 (なんとか、なるだろう)  自分のリュックが置いてあるソファーのところにおれは向かった。  リュックの中身が外に出されている。それを仕舞い、最後にゲームを手に取ったところで。  ガツンッ。  後頭部に衝撃を感じた。振り返ろうとしたが、二度三度と何かで強く殴られ――目の前が真っ暗になった。    

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