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第78話

 兄の蒼矢への愛しさと哀しみが僕へ流れ込んでくる。 「うん……」  蒼矢のその一言にも同じ想いが込められているような気がした。 「おれはあの時蒼くんのすぐ傍にいたけど、泣いている蒼くんには触れることもできなかったし、蒼くんもおれに気づくこともなかった。そして、他の誰も――でも、一人だけいたんだ、おれに気づいた人間が……」 (え……)  兄が僕の手を使って僕の胸を撫でた。 「少し離れたところで蒼矢を見ていた歩がおれに気づいたんだ」  その言葉に僕は驚いた。僕には兄の霊を見たという記憶はない。 「歩は驚いておれに向って指を差し、今にも叫びだしそうに口を大きく開けて――おれは慌てて歩の傍に寄っていきその口を塞ごうとした、自分は霊だから物体に触れられないとかそういうことも頭にはなく。そしたら」 (そしたら?)  思わずごくっと喉を鳴らした。兄に貸しているはずの本体の喉も鳴った。 「おれは歩の中に吸い込まれていったんだ」 「ええーっっ」 (あ、声に出てしまった)  (はた)から見たら自分で言って自分で驚いているというシュールな図だ。自分の意志で動かせるみたいなのでちらっと蒼矢のほうを見るとまったく笑っていなかった。 「自分でも何がどうなっているのかわからないけど、おれはそれから十年間歩の中で眠り続けた。歩がその後『人でないモノ』を見なくなったのはそのせいかも知れない」  その時の記憶が曖昧なのも兄が僕の中に入ったからだろうか。 「それで……」  黙って聞いていた蒼矢が口を開いた。 「それで十年も経った今、どうしてお前は」 「鳥飼さんに会った――十年経って、偶然歩の前に現れた。その瞬間おれは目覚めたんだ」  四月の初め僕はあの桜の大木の下で鳥飼を見かけた。あの時背筋にビリっと電流が流れたような気がした。子どもの頃『人ならざるもの』を見た時と同じ感覚。  鳥飼は『人間』だったけど。  やはりあの時に兄が目覚めたんだ。兄が鳥飼に何かしらの思いがあるのではと考え始めた時、そうではないかと思い始めていた。 「それから蒼くんがまだ鳥飼さんと関わっていると知った――おれは許せなかった。おれを殺しておいて何もなかったみたいに蒼くんとっ。もしできるなら復讐したい、蒼くんを鳥飼さんから遠ざけたい。そんな想いに駆られ、おれの心は次第に黒く染まっていった」  兄の哀しみと僕の哀しみはリンクして涙を流す。 「歩……ごめんね、その為におまえの身体を使って、おまえを危険な目に合わせて。でも留まることができなかった」  あんなに酷い目に合ってあげくに殺されて、憎まないわけがない。僕も同じ目に合おうとしていた、兄の気持ちがわからないわけがない。    

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