80 / 100

第80話

「ん〜おれはたぶんもう消えるんだと思う……鳥飼さんのことはもうあれでいいんだ。追いかけてこれ以上苦しめることなんてしなくても」  辛くて哀しい思いをしていた兄は本当ならもっと苦しめてやりたいと思ってもおかしくはない。やっぱり兄は優しい人なんだ。  今までの壮絶な話を聞き、鳥飼に恨みを晴らそうとした兄は、僕の覚えている兄とは結構違ったけど。でもやっぱり僕の知っている部分も持っている。  蒼矢に愛されてる、優しくて綺麗な兄。 「――でも一つだけ心残りがあるんだ」  蒼矢の顔を愛おしい想いで見つめる。それが僕にも伝わってくる。 「あの時……おれの誕生日の時……本当は蒼くんに愛して貰いたかった。でも思ったよりも鳥飼さんの呪縛が解けなくて、駄目だった……だから最後にいい思い出がほしい……」  兄が僕の両腕を使って、するりと蒼矢の首の後ろに回す。自然顔も近くなる。 (えっ近っ近いっっ)  蒼矢は僕の好きな(ひと)でもある。こんな体勢でこんなに顔が近くて心臓が跳ねあがらないわけがない。どうやら兄もかなりどきどきしているようだ。 「抱いて……蒼くん。歩はまだ最後までされてない。汚れていない身体だから……」  汚れた自分に触れさせたくなかった兄。 (そうか……僕の身体なら……って) 「兄ちゃぁぁぁん、何言っちゃってんの〜っっ」  思わず声に出してしまった。 「歩は黙ってて」 「いや黙ってなんかっいられっうっ」  今まで兄と同時に身体を使えたのはどうやら兄の匙加減に依るものだったらしい。意識はあるものの動きは封じ込められた。 「行帆……」  蒼矢は次第に近づく唇を避けることはしないが戸惑っている様子だ。  今にも触れてしまいそうな位置で止まり。 「――わかってるよ。今の蒼くんが歩に惹かれてること」 (えっ)  僕は耳を疑った。 (いやいやまさかだよ、兄ちゃん。蒼矢さんはずっと兄ちゃんを想ってたんだって。だから今まで恋人を作らなかったんだ。それにログハウスでの兄ちゃんを見る愛おしそうな顔、兄ちゃんだってわかってるはず)  僕が考えたことは兄も共有しているはず。なのに彼はそれをスルーした。 「それからさっきおれが歩として伝えた蒼くんへの気持ちも、あれは真実歩の気持ちだから」 (な……っこぉぉらぁぁっっ。兄ちゃんっ勝手に僕の気持ち暴露してんじゃなーいっっ)  自分の身体の中であわあわしていても蒼矢にはわからないし、兄はこれも無視した。 「おれだってもしどちらかに別の好きな相手がいたり、まったく眼中にないっていうならこんなこと言いだしはしないよ――惹かれ合っている二人だったら……いいんじゃない……?」 『惹かれ合っている二人』その言葉を口にした時、兄の切なさが伝わってきた。 (兄ちゃん…………)  僕は――兄の願いを叶えてあげたくなった。

ともだちにシェアしよう!