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第81話

 もしそういう展開になったとしたら、僕の意識は完全に眠らせて貰いたい。共有しなくていい。蒼矢の愛はすべて兄が受け止めればいい。 (兄ちゃんの願いは叶えてあげたい。でも蒼矢さんが好きな僕はやっぱり辛い部分もあるし……それに……未経験だしぃぜったいむりぃ)  などとごちゃごちゃ考えていたら。 「蒼くん、愛してる」  兄は僕の唇で蒼矢の唇を押し包んだ (待って待って、まだ始めないで〜)  しかし僕が思ったような展開にはならなかった。蒼矢の、優しいけど強い意志を持った両手が僕の肩を押し返したのだ。 「蒼くん?」 「駄目だろこんなの」  蒼矢は僕の目を覗き込んだ。まるで僕の中にいる兄を見つけだそうとするように。 「確かにゆきの言う通り、俺はあゆに惹かれている。触れたいと思うくらいには」 (え……っ)  まさか、と僕は思った。蒼矢は僕を弟ようにしか思っていない、ずっとそう思っていた。蒼矢を想う僕はそれを嬉しく思い、しかし兄を想う僕はそれを切なく感じた。 「俺がゆきの願いを叶えてあゆを抱いたとして、俺はその時誰のことを想いながら抱くだろう。それは俺自身にもわからない。歩のことを愛おしく想いながら抱いたら……行帆が辛いだろう。行帆のことを想いながら歩の身体を抱いたとしてたら、それは歩が可哀想だ。どちらにしても二人が傷つく」  ぐっと更に強い力で肩を掴まれる。 「わかるだろ? ゆき? お前の願いを聞くことはできない」  僕は真摯な想いに心打たれるが、兄はどうなんだろうか。たぶんそんなことは覚悟の上での『願い』だったのではないだろうか。  ふっと僕の口から小さく溜息が漏れた。張り詰めた空気が緩んだような気がした。 「蒼くんがそういうふうに言うの、わかってたよ」  にっと僕は笑った。勿論これは兄の意志で動いている。 「こんなイケメンで格好良くて出会った頃は結構チャラそうに見えて、いつも綺麗な女の人に囲まれてて……でも絶対よそ見はしない人だったよね、蒼くんは。顔に似合わず誠実で真面目な人……だから絶対応じないとは思ってたんだ」 (兄ちゃん……わかっていて言ったなんて、余計悲しすぎるよ……)  僕は心の中で涙を流した……つもりだったけど、実際に泣いていた。 (あれ?)  僕の意識は兄に押さえられていて僕の身体は僕の意志では動かないはずだった。  そう思った瞬間、すぅっと僕の中から何かが抜けていくような感覚がした。  ――目の前に兄がいた。  完全に実体化していた時とは違い、向こう側が透けて見える。 「兄ちゃん!」  僕は吃驚して声を上げた。別れの時が近づいているような気がしたのだ。  兄と蒼矢は見つめ合っていた。 「すまない、ゆき。ずっとお前を愛してあげられていたら……」

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