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第88話
「あゆが陽翔の家に住むようになって風緑でバイトをし始めて、今のきみの中に小学生の頃のきみを見つけようとしていた、自分でも気づかないうちに。面影はあっても雰囲気がまるで違っていて、単に大人になったとも言えるけど、それだけじゃない。あの出来事はあゆを変えてしまったんだなって思ったよ」
(そうだったんだ……)
蒼矢がいつも僕の中に見ようとしていたのは『兄』なんだと思っていた。それがすごく切なくて。でも本当は違っていた。
「……再会してすぐに陽翔がきみの誕生日パーティーを計画して俺も呼ばれた。その時に気づいたんだ、ゆきが亡くなったあの日の誕生日からずっとあゆは自分の誕生日を祝えていなかったんじゃないかって。風緑で祝って貰って楽しそうにしているきみがふとした瞬間に見せた表情が、哀しそうで。俺のほうが切なくなるくらいに」
「蒼矢さん……」
気づかれていたのだ。あの時にはもう。
彼は今まで何も言わなかったけど。
それほど僕自身を見ていてくれたことが、気遣われていたことがじんわり心に沁みてくる。
「毎日のように風緑に訪れてきみに冗談ぽく話しかけて少しでも笑わせてみたかった。子どもの頃みたいに本気の笑顔を見てみたかったんだ。そうして一年間きみと過ごすうちに……昔良く遊んだ『弟』にではない気持ちが俺の中に生まれた。ゆきが言っていたように、きみと再会した時に、俺の止まった時間が流れだしたんだ……きみは、歩はどうなんだ? ゆきの言ったことは本当なのか?」
蒼矢は再び僕の手をぎゅっと握った。温かな蒼矢の気持ちが流れ込んでくるように僕の手を温めた。
蒼矢の真剣な告白に嘘で返すことはできないと思った。
「兄ちゃんの言った通りです。蒼矢さんは兄ちゃんの遺影を見て一筋の涙を流した。僕はその時、こんなにも哀しく美しい涙は見たことがないと思った……そして、貴方を好きになった。まるで兄ちゃんの気持ちが移ったかのように。でも、それはこの先絶対言ってはならないと思った、貴方は兄ちゃんの恋人だった人で僕が好きになったら、兄ちゃんに申し訳ないような気がしたんだ」
「今は……?」
これにはまだ答えられない。
「当時僕は小学生で蒼矢さんはもう大人だったから僕が好きだからと言ってどうにかなるものでもなかったんですよね。でもそのまま思い続けていたら、きっと僕はどんどん貴方のことが好きになるって感じていた。この想いは消さなきゃいけなかった。だから蒼矢さんが僕たちから離れて行ったのは好都合でした」
そうだ。あの時はそう思っていたんだ。
それなのに。
「だけど、蒼矢さんに再会してしまった……僕の『想い』」は全然消えていないってわかったんです――そして一年一緒に過ごして、更に好きになってしまいました」
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