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第90話
* *
「えっそれでっどうしてそうなるの?」
祈が驚くのも無理はない。
こういう展開なら普通『おつき合いを始める』ってことになるだろう。
実際あの時。
『ねぇ、あゆ……これからは恋人として俺と一緒にいて貰えないかな?』
そう言われたのだ。
それは本当に嬉しい言葉だった。
「だって、そう簡単には気持ち変えられないよ。だってその前まで兄ちゃんがいたんだよ。兄ちゃんは蒼矢さんのことをずっと愛してて……本当は消えるその時まで……」
祈は口をへの字に曲げたまま聞いている。
「いなくなったからってすぐには。や、実際にはいなくなってはいないんでしょ?」
「でもお兄さんは歩に、できればずっと月城さんと一緒にいてあげてほしいって言ったんだろ。お兄さんに託されたんだよ。歩が月城さんを恋愛的に好きじゃないっていうならそれは叶えてあげられないかもだけど、そうじゃないでしょ」
うっと唸って僕は黙り込んだ。
「…………まぁ……そういうところ、歩らしいって言えば歩らしいけど……」
「祈……」
うるっとして祈を見ると彼はにかっと笑う。そして、バンッと僕の背中を叩いた。
「月城さん、待つって言ったんでしょ。大人だよねぇ。や、大人だから我慢できないこともあるだろうに、優しいよねぇ。それに甘えて歩は心ゆくまで考えれば!」
* *
もう少し、もう少しだけ。
そう思いながら、もう既に九か月が過ぎた。
四月三十日。
僕の二十一回目の誕生日だ。
昨年と同じく、兄の墓参りに行く為に蒼矢の車に乗っている。
昨年と少し違うのは僕の心持ちだ。
『お墓参りの後、家で歩のお誕生日をお祝いさせてくれる?』
という母からの申し出に僕は素直に頷いた。母が思い切ってそう言ってくれたのも、僕の心が少しずつ変わっていっているのを感じ取ったからだろう。僕は大学一年の一年間はまったく家に帰っていなかったが、あの出来事の後盆や正月には家に戻っていたから。
兄と最後に話した時、兄が言ってくれた言葉。
『歩ももう自分の誕生日を祝っていいし、祝って貰っていいんだ』
その言葉が僕の凝り固まった心を解きほぐしたのだ。
両親が僕の誕生日を心から祝ってくれていることを信じることができ、それを素直に喜ぶことができるようになった。
「僕のお誕生日のお祝いを両親がしてくれると言うので、蒼矢さんもぜひ」
僕はそう蒼矢を誘った。
「俺が行ってもいいのかな?」
「勿論です。両親も喜びます」
蒼矢は嬉しそうに微笑んだ。
僕らの関係はまだあれから進んではいない。僕がまだ返事をしていないからだ。
それでも蒼矢が風緑に来る以外でも、二人で出かけたり、桜の森にある蒼矢の家に遊びに行くことは増えていった。
昨年と同じ霊園の駐車場で両親と落ち合い、一緒に兄の墓参りをした。
「父さん母さん、先帰って貰ってもいい? 僕もう少し兄ちゃんと話がしたいんだ」
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